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環境情報学部・2013年

2013年 環境情報学部 ジジさま

環境情報学部・2013年

問1
 私がこれまでに学んだ身体知は英語のコミュニケーション能力だ。これは英語というツールを使って日本語の通じない他者との意思疎通を可能にする能力のことである。
 私は高校1年の春にニューヨークに留学したことがある。その当時私は英語が全然できなかった。けれども英語は「習うより慣れよ」だと思っていたから、ネイティヴの人たちと積極的に話してみたりその話し方を真似してみた。すると私は最終的に英語をうまく操れるようになっていた。周りが英語だらけの環境に身を置いて積極的に英語を使ったことでこの能力がより簡単に身についたのだろう。けれども留学する時間やお金のない人たちにとってこの方法を実践することは難しい。なぜならこの方法はそれなりの時間と環境が必要になるからだ。そこで非ネイティヴの人たちが英語をどうやって身につけたのかを分析しモデル化すれば、時間やお金のない人でもこの能力を容易に身につけられると考える。(398字)

問2
 私は英語コミュニケーションのモデル化という方法を提案したい。これは非ネイティヴ話者がどうやって英語を身につけたのかを測定しモデルにするという方法である。測定には実験法を用いる。まずはじめに被験者に実験課題を出し、その聞き取り能力や話し方を客観的に測定する。同じ実験を他の被験者に対しても行う。こうして集められたデータを蓄積して分析し、その情報処理過程をモデル化するのだ。出来上がったモデルを使えば経験者が英語を学習する過程を誰でも追体験することができる。特に留学に行けなかったり勉強する時間が取れない人たちに大いに役立つだろう。なぜなら「習うより慣れる」方法よりも短期間で効率的に英語のコミュニケーション能力を身につけられるからだ。
 この実験は実験に手間や時間がかかるものの、特別な機材などは必要なく被験者と実験課題さえあれば容易に実行できるものだと考える。(380字)

問3
 私は「英語コミュニケーション技法」という科目を提案したい。この科目は英語のコミュニケーション能力という身体知の向上を目的とするものである。未来創造塾は「グローバル人材の育成」をその目的に掲げている。卒業生たちがグローバル人材として世界で活躍するには英語のコミュニケーション能力が必要となる。しかし学生たちにも他の授業や課題があるし、英語の勉強にかけられる時間はそんなに多くない。そこでこの授業では上記のコミュニケーションモデルを利用して、短期間で効率的な英語コミュニケーション能力の向上を目指す。
 授業内容は以下のようになる。学生たちには上記のコミュニケーションモデルを使って様々な課題に取り組んでもらう。その中には実習やグループワークも含まれる。そうして英語コミュニケーションスキルの向上を図るのだ。また学生たち自身もこのモデルを作る当事者となる。学生たちは第1回目の授業からデータを測定される。データは毎回取り、そのデータは蓄積され新たなモデルとなる。そして学生たちに広く共有され役立てられることだろう。
 想定する学生数は20〜30人。評価方法は初回と最終回を比べてどれだけスキルが上達したかを見る。
 この科目は学生だけでなく教員にも利のある科目だ。教員は一方的に教えるだけでなく、教わる側の一人としても積極的に参加することを望む。(569字)



初投稿です。周りに添削してくれる人がいないので、添削してくれたら…と思います。

質問があります。
問3は、価値観の再設定、問題の構造化、解決策の検討のうちどれを聞いているんでしょうか?たぶん科目=解決策なんじゃないかなと思うのですが…。問3は、普通に設問通り書いていいのか、それとも総合政策的アプローチに沿って書くべきなのか、よくわかりませんでした。
ちなみに問2は資料7を参考にして書きました。また問3の科目は山田ズーニー先生のような授業を想定しています。

参考までに、総合政策的アプローチに沿ってまとめたものを付記しておきます。

1. 問題の再設定
①価値観=英語のコミュニケーション能力を身につけることが「良いこと」
②問題=「習うより慣れよ」で英語を身につけることが「悪い状態」
※誰にとって問題か=留学に時間やお金をかけられない人

2. 問題の構造化
③原因(なぜ問題なのか)=「習うより慣れよ」はそれなりの時間と環境が必要だから

3. 解決策の検討
④解決策=コミュニケーション実験法で分析し、モデル化する
⑤実効可能性=非ネイティヴの人が英語を学習する過程を、追体験できる。それにより、短期間で、効率的に、英語のコミュニケーション能力を身につけられる
⑥実行可能性=被験者と実験課題さえあれば、特別な機材などがなくても容易に実行できる
⑦副作用=時間と手間がかかる。

問1

問1は余分な部分があると思います。あくまで、
問1:あなた自身の身体知の学び
図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第1象限と第4象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)
環境情報学部2013年入試小論文 設問より引用。
であり、

・あなたがこれまに学んだ身体知
・身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べる
・自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか

が書いてあるべきです。

3要素はそろっているのですが、余分な文章が多いので読みづらいです。
私がこれまでに学んだ身体知は英語のコミュニケーション能力だ。これは英語というツールを使って日本語の通じない他者との意思疎通を可能にする能力のことである。
 私は高校1年の春にニューヨークに留学したことがある。その当時私は英語が全然できなかった。けれども英語は「習うより慣れよ」だと思っていたから、ネイティヴの人たちと積極的に話してみたりその話し方を真似してみた。すると私は最終的に英語をうまく操れるようになっていた。周りが英語だらけの環境に身を置いて積極的に英語を使ったことでこの能力がより簡単に身についたのだろう。けれども留学する時間やお金のない人たちにとってこの方法を実践することは難しい。なぜならこの方法はそれなりの時間と環境が必要になるからだ。そこで非ネイティヴの人たちが英語をどうやって身につけたのかを分析しモデル化すれば、時間やお金のない人でもこの能力を容易に身につけられると考える。(398字)
太字部分がイマイチです。「自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか」と聞かれているのだから、それに素直に答えるべきです。

問2

これもなんとなく漠然と書いてあるけれども何をしたいのかがよくわかりません。
問2
 私は英語コミュニケーションのモデル化という方法を提案したい。これは非ネイティヴ話者がどうやって英語を身につけたのかを測定しモデルにするという方法である。測定には実験法を用いる。まずはじめに被験者に実験課題を出し、その聞き取り能力や話し方を客観的に測定する。同じ実験を他の被験者に対しても行う。こうして集められたデータを蓄積して分析し、その情報処理過程をモデル化するのだ。出来上がったモデルを使えば経験者が英語を学習する過程を誰でも追体験することができる。特に留学に行けなかったり勉強する時間が取れない人たちに大いに役立つだろう。なぜなら「習うより慣れる」方法よりも短期間で効率的に英語のコミュニケーション能力を身につけられるからだ。
 この実験は実験に手間や時間がかかるものの、特別な機材などは必要なく被験者と実験課題さえあれば容易に実行できるものだと考える。(380字)
「モデル化」が何をするのかがさっぱりです。

「モデル化」と書いてあるだけで、新しく英語を勉強する人が身体知をどのように向上するのかがさっぱりわかりません。ここから伝わってくるのは

なんかわかんないけど、うまくやってるひとのことを観察したら、共通点が出てくると思うから、その共通点をつかってなんとかしとこう。

ぐらいの情報です。

客観的に測定って何を測定するの?話の速度?語数?目の動き?発音?抑揚?脳波?(ちなみに、この手の熟達化研究は、ESLの例を引くまでもなく、あほみたいにやられてますけれどもね。)

問3

問3
 私は「英語コミュニケーション技法」という科目を提案したい。この科目は英語のコミュニケーション能力という身体知の向上を目的とするものである。未来創造塾は「グローバル人材の育成」をその目的に掲げている。卒業生たちがグローバル人材として世界で活躍するには英語のコミュニケーション能力が必要となる。しかし学生たちにも他の授業や課題があるし、英語の勉強にかけられる時間はそんなに多くない。そこでこの授業では上記のコミュニケーションモデルを利用して、短期間で効率的な英語コミュニケーション能力の向上を目指す。
 授業内容は以下のようになる。学生たちには上記のコミュニケーションモデルを使って様々な課題に取り組んでもらう。その中には実習やグループワークも含まれる。そうして英語コミュニケーションスキルの向上を図るのだ。また学生たち自身もこのモデルを作る当事者となる。学生たちは第1回目の授業からデータを測定される。データは毎回取り、そのデータは蓄積され新たなモデルとなる。そして学生たちに広く共有され役立てられることだろう。
 想定する学生数は20〜30人。評価方法は初回と最終回を比べてどれだけスキルが上達したかを見る。
 この科目は学生だけでなく教員にも利のある科目だ。教員は一方的に教えるだけでなく、教わる側の一人としても積極的に参加することを望む。(569字)
これも同様です。結局何をやりたいのかがイマイチわかりません。「なんとなく分析してなんとなくいいと分かった結果を使ってなんとなく授業しようよ」しか伝わってきません。

その他、教員にも「利」があるってのもどういうことかが分かりません...。

ご質問へのご回答

問3は、価値観の再設定、問題の構造化、解決策の検討のうちどれを聞いているんでしょうか?たぶん科目=解決策なんじゃないかなと思うのですが…。問3は、普通に設問通り書いていいのか、それとも総合政策的アプローチに沿って書くべきなのか、よくわかりませんでした。
価値観の再設定、解決策の検討をメインに聞かれています。

またどんな場合でも必ず「設問通り」に答えてください。設問が全てです。設問を無視した答案はアウトです。総合政策的アプローチはあくまで問題発見・解決について理解するための枠組みであり、設問にそれを書くためのものではないので。

しっかりと書いていただいているのに申し訳ないのですが、書いていただいている文章って結局は「うまくいっているひとを観察してなんとかしようぜ」しか書かれていないのです。それだと小論文を読む側も、何がなんだかわかりません。

せっかく自分のいい経験があるのだから、自分が「くちまね」をしたらうまくなった、という経験があったら、「ネイティブのくちまね装置」みたいなものをつくって、「むりやり唇をひっぱってくれる装置」をつくって、それを使って授業、とか。そういう「自分にしかできないちょっとした工夫」みたいなのを書いた方がいい小論文になると思います。

それでは。

【添削・くま様】環境情報学部・2013年

問1
これまで生きてきた中で得た身体知といえば、かたづける技能が挙げられる。私の場合は段階的なものでなく、主に非段階的な手順で身に付いたものだ。まず、こどもは各家庭のルールにのっとって養育者の模倣をする。次に幼稚園や小学校で全生徒一律の品物と個人の私有スペースを得た時に初めて他人との差が可視化され意識される。たとえばお道具箱といった文具を入れる長方形の箱の使い方においては、私は他人よりもクレヨンの使用回数が多いことを自覚していたので取り出しやすく奥から手前に持ってくるなどといった工夫ができるようになった。ここでは段階的に指導されたというより非段階的に経験上身に付いたものであるといえる。得た技能や工夫の大半は養育者の模倣や自分の経験によるものなので非段階としたが、仮に段階的に学ぶとすれば片付けの指南本を読んで取り入れてみるなどある程度システム化されたものをなぞることもできるといえるだろう。396/400

問2
私は他人とかたづける技能を共有する方法を提案する。まず前提としてかたづける技能の向上においては、自己の内面を多角的に見つめることが重要である。なぜなら同じ空間も人によって使い方が変わるし、それが世間一般に整理整頓されていると見えるか否かにかかわらず、使いやすさや優先順位は自己の内面に由来するといえるからである。しかし自己の内面というものは一人で悶々としているだけでは見えてこない。ほどよく他人と比較したりすることが必要だ。たとえばカウンセラーに取り留めもなく自分のことを話す行為によって自分でも意識されていなかった内面に気づくということは世間的にも広く認知されている。このことを応用し、各人のかたづける技能や工夫を共有することで気づかなかった自己の内面に気づき、それを自分の技能にフィードバックしていくことができればこれまでの内向的な技能向上とは全く異なる効果が期待できるだろう。390/400

問3
設置する科目名は「かたづけ学科」とする。履修内容はまず理論的なデータ研究と、実践的な改良研究を並行して行う。枠組みとして定義するのは住宅に限定する。まず理論的研究のために間取りと家具の配置を固定した場合における生活動線を定点観察、データ化し、最大公約数的に最適といえる基礎を導く。次に実践面では未来創造塾が滞在型教育であることを生かして枠組み無しでの実生活と、理論による最適化を取り入れた生活を送り、住環境が身体面と精神面にもたらす影響を記録する。その中で創意工夫を意識的に行い、また客観的に自己を確認するため定期的に共同生活やディスカッションも取り入れて学びの機会とする。期待される身体知は自己の内面の把握がどのように身体面へ影響するかという生涯的な生活態度の形成である。想定される学生数は大多数の学生に共通するテーマであることや学生寮の規模等も考慮に入れ、70名程度とする。評価方法は行動観察法とインタビュー法による熟達度レベルの測定を軸とする。また自己の内面を他者に明らかにするという壁を学生に感じさせないためにも、教員は学生と良好な関係を築けるようカウンセラー資格をもつもの、それも相性を考慮し最小限10人以上配置されていると良い。ふだん意識することのない生活の研究は、どの年代どの国籍においても
きわめて重要な基礎であり、未来創造という名にふさわしい実のあるものとなることだろう。592/600
辛口添削依頼をしてほしい、と申し添えていただいていますが、小論文のレベルに達していないものを、有効に批評するのは難しいです(と、辛口で。)よって、辛口に批評することも無理です。辛口に罵倒することはできますが。

この答案は「合格レベルに達している」どころか、「ずいぶんと中身の無い事ばかり書いているけれど、覚えたての言葉を使って議論の真似事をするSFCごっこがそんなに楽しい?曖昧な言葉で話した気になって、分かった気になって、何ひとつ行動を起こさない。そんなの前に進むわけがないわ。何も生み出さない、何も得られない、何も与えない。ただの偽物。」と言いたくなるレベルです。

さて、罵倒はさておき。あまり時間もないので要所要所を。

問1

「かたづける技能」というのは、テーマとしていいと思います。けれども、その後の展開が全くよくありません。

まず問1ですが、問題は、
問1:あなた自身の身体知の学び
図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第1象限と第4象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)
環境情報学部2013年入試小論文 設問より引用。
です。

だから、

・あなたがこれまに学んだ身体知
・身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べる
・自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか

というのがこの問1で書くべきところです。ところが、ご投稿いただいた答案は、
問1
これまで生きてきた中で得た身体知といえば、かたづける技能が挙げられる。私の場合は段階的なものでなく、主に非段階的な手順で身に付いたものだ。まず、こどもは各家庭のルールにのっとって養育者の模倣をする。次に幼稚園や小学校で全生徒一律の品物と個人の私有スペースを得た時に初めて他人との差が可視化され意識される。たとえばお道具箱といった文具を入れる長方形の箱の使い方においては、私は他人よりもクレヨンの使用回数が多いことを自覚していたので取り出しやすく奥から手前に持ってくるなどといった工夫ができるようになった。ここでは段階的に指導されたというより非段階的に経験上身に付いたものであるといえる。得た技能や工夫の大半は養育者の模倣や自分の経験によるものなので非段階としたが、仮に段階的に学ぶとすれば片付けの指南本を読んで取り入れてみるなどある程度システム化されたものをなぞることもできるといえるだろう。396/400
好意的にみて「黒字」部分がかろうじて設問に答えている部分です。とはいえ、「かたづける技能」が具体的にどのように身に付いたか、というのは書かれていません。「抽象的に書いた後に、一部だけ具体例を付け足している」(「例えば」と接続していることで、この答案が「具体的に」書かれていないことを引き立てています。)だけです。つまり、論理的にまったく異なる答案を書いていることになります。これを仮に具体的に書くのであれば、

・親を模倣した経験
・自分で工夫した経験

を双方書く必要がありますし、最終的に「かたづける技能」が身に付いた、ということを経験として説明する必要があります。

ここまでが論理的にダメな部分。まず、設問で尋ねられていることについて書きましょう。

続いて内容の話。

このブログの内容をまともに読んでらっしゃるかどうか分かりませんが、SFCの問題発見・問題解決とは、「問題の価値観・枠組みを自分で設定し、その枠組みに基づいて問題を解決すること」です。最終的に「かたづける技能」=「片付いた」という枠組みがどういう枠組みなのかをしっかりと設定していなければ、「問題発見」できたとは言えません。実は答案のそこかしこにその萌芽のようなものは見えるのですが(「使用回数が多いことを自覚していたので取り出しやすく奥から手前に持ってくる」「使いやすさや優先順位は自己の内面に由来するといえるからである。」など)、それが明示的に書かれていません。「いくらまわりの人からみてきれいになってないようにみえたとしても「使いやすい状態」というのが「かたづいた(よい)状態」である、ということに近い内容を考えていらっしゃるのでしょうが、この答案からそこまで推測してもらおうというのは、読み手に甘え過ぎていると思います。

この「片付いた状態」というのが「どういう状態」であり、「どうやってそれを身につけたか」が明確になっていないことがこの答案では最後まで尾をひきます。

問2

問2
私は他人とかたづける技能を共有する方法を提案する。まず前提としてかたづける技能の向上においては、自己の内面を多角的に見つめることが重要である。なぜなら同じ空間も人によって使い方が変わるし、それが世間一般に整理整頓されていると見えるか否かにかかわらず、使いやすさや優先順位は自己の内面に由来するといえるからである。しかし自己の内面というものは一人で悶々としているだけでは見えてこない。ほどよく他人と比較したりすることが必要だ。たとえばカウンセラーに取り留めもなく自分のことを話す行為によって自分でも意識されていなかった内面に気づくということは世間的にも広く認知されている。このことを応用し、各人のかたづける技能や工夫を共有することで気づかなかった自己の内面に気づき、それを自分の技能にフィードバックしていくことができればこれまでの内向的な技能向上とは全く異なる効果が期待できるだろう。390/400
この答案で比較的マシなのがこの問2です。

問1でしっかりと「かたづける技能」とは「自分に依存したものなのだ」と書いていれば、「他の力を借りて、自を再び意識する」という方法論が有効です、というのは全うな論理的帰結だと思います。
しかし自己の内面というものは一人で悶々としているだけでは見えてこない。ほどよく他人と比較したりすることが必要だ。たとえばカウンセラーに取り留めもなく自分のことを話す行為によって自分でも意識されていなかった内面に気づくということは世間的にも広く認知されている。
「他人と比較」と「カウンセラーへの相談」が微妙に例として対応していません。あと
「これまでの内向的な技能向上」
という「内向的」という言葉の使い方はいまいちです。資料文からの引用ならば明確に引用箇所を特定した方がいいでしょう。辞書的な意味とは全く違っているのですから。

問3

問3
設置する科目名は「かたづけ学科」とする。履修内容はまず理論的なデータ研究と、実践的な改良研究を並行して行う。枠組みとして定義するのは住宅に限定する。まず理論的研究のために間取りと家具の配置を固定した場合における生活動線を定点観察、データ化し、最大公約数的に最適といえる基礎を導く。次に実践面では未来創造塾が滞在型教育であることを生かして枠組み無しでの実生活と、理論による最適化を取り入れた生活を送り、住環境が身体面と精神面にもたらす影響を記録する。その中で創意工夫を意識的に行い、また客観的に自己を確認するため定期的に共同生活やディスカッションも取り入れて学びの機会とする。期待される身体知は自己の内面の把握がどのように身体面へ影響するかという生涯的な生活態度の形成である。想定される学生数は大多数の学生に共通するテーマであることや学生寮の規模等も考慮に入れ、70名程度とする。評価方法は行動観察法とインタビュー法による熟達度レベルの測定を軸とする。また自己の内面を他者に明らかにするという壁を学生に感じさせないためにも、教員は学生と良好な関係を築けるようカウンセラー資格をもつもの、それも相性を考慮し最小限10人以上配置されていると良い。ふだん意識することのない生活の研究は、どの年代どの国籍においても
きわめて重要な基礎であり、未来創造という名にふさわしい実のあるものとなることだろう。592/600
問1で「片付ける技能」を「問題発見・解決」として書けていないので、そもそも答案になってすらいないんですが、それに輪をかけて、こちらの内容はひどいです。

・「科目」と「研究」の取り違え
・中身のない言葉の氾濫

が主な原因です。

教育としての「科目」と「研究」は全く違うものです。もちろん、「片付ける技能」を身につけるのに「研究」という枠組みが必要ならば使えばいいですが、この答案では単に「研究」と「科目」を取り違えているだけだと思います。

もう一つは、はっきりいって
まず理論的研究のために間取りと家具の配置を固定した場合における生活動線を定点観察、データ化し、最大公約数的に最適といえる基礎を導く。次に実践面では未来創造塾が滞在型教育であることを生かして枠組み無しでの実生活と、理論による最適化を取り入れた生活を送り、住環境が身体面と精神面にもたらす影響を記録する。その中で創意工夫を意識的に行い、また客観的に自己を確認するため定期的に共同生活やディスカッションも取り入れて学びの機会とする。期待される身体知は自己の内面の把握がどのように身体面へ影響するかという生涯的な生活態度の形成である。
評価方法は行動観察法とインタビュー法による熟達度レベルの測定を軸とする。また自己の内面を他者に明らかにするという壁を学生に感じさせないためにも、教員は学生と良好な関係を築けるようカウンセラー資格をもつもの、それも相性を考慮し最小限10人以上配置されていると良い。
は内容が全くなくて読む気にしかなりません。

「理論的研究」って何の理論を研究するの?生活動線を定点観察するのに?何の理論。「最大公約数的に最適」って何?「最適」という以上「よい(もしくは悪い)」という状態を定義しないと「最適」は導けません。そこを全く書かずに「最大公約数的に最適」と書いたとしても何の意味もありません。こんな言葉の使い方をしていても、アホな高校教師や塾講師は騙せても、SFCの先生は絶対にだませませんよ。おそらく自分でも、自分の書いた言葉の内容を理解していないのではないでしょうか。
次に実践面では未来創造塾が滞在型教育であることを生かして枠組み無しでの実生活と、理論による最適化を取り入れた生活を送り、住環境が身体面と精神面にもたらす影響を記録する。
影響って、何をどう記録するの?最適化を取り入れた生活を送り、って何?
その中で創意工夫を意識的に行い、また客観的に自己を確認するため定期的に共同生活やディスカッションも取り入れて学びの機会とする。期待される身体知は自己の内面の把握がどのように身体面へ影響するかという生涯的な生活態度の形成である。
なぜか「身体知」が「かたづけ技能」だったのに、「自己の内面の把握がどのように身体面へ影響するかという生涯的な生活態度」に変わっている。こう変えるのであれば、どこかで再定義する必要はあるでしょう。どうしてここまで論理を飛躍できるか意味不明。
評価方法は行動観察法とインタビュー法による熟達度レベルの測定を軸とする。また自己の内面を他者に明らかにするという壁を学生に感じさせないためにも、教員は学生と良好な関係を築けるようカウンセラー資格をもつもの、それも相性を考慮し最小限10人以上配置されていると良い。
「熟達」というのは何を計るのかが意味不明。「片付け」の熟達?「生活態度」の熟達?

とにかく、この問3はツッコミどころしかなくて、何を言いたいのかが「さっぱり」分かりません。かろうじて「問1」と「問2」では「設問に対する解答」として読み取る事ができたものの、問3は表面的な言葉が並んでいる上に問1と問2と全く違う内容(もしくは書き手の中ではリンクがあるものの読み手からは読み取れない内容)が書かれていて、何も読み取れません。

最後に

先日学校で添削をしてもらったところ表記の曖昧さを何点か指摘されたのみで、「”環境”と”情報”に配慮して書かれており内容的にも合格レベルに達しているだろう」とのことでした。しかしながら辛口での評価をお願いしたく、ここにコメントさせていただいた次第です。よろしくお願いします。
先生の採点もひどいかもしれませんが、その前にこれを書いているくまさん自身はSFCをどのような大学(キャンパス)だと思っているのでしょうか?環境と情報の大学だと思っているのでしょうか?この大学は何をするところだと思っているのでしょうか?私は別にSFCを第1志望にしないとダメだ、というつもりはないですが、SFCというキャンパスを理解しないとコンスタントに合格を狙うことは難しいです。

もう少しSFCについて知ってみてはいかがでしょうか?とてもじゃないですが、SFCについてよく知った上での答案とは思えません。

それでは。

【添削・しろたん様】環境情報学部・2013年

久しぶりに小論文の投稿をいただきました。皆様も、この小論文を読んでみて、この答案はどんな感じか考えてみて下さいね。
問1:
 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。自分の書きたい話題を、自分の言葉で、自由自在に書けるようにするためだ。私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。
 私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。


問2:
 私が提案するのは、〈文体練習〉という方法である。
 この方法は、ある1つのストーリーを、いくつもの文体を用いて書き直すというものである。ここでのストーリーは、童話や民謡などの、誰もが知る作品で構わない。それをたとえば、著名な作家の文体で書いてみたり、新聞記事、調書など、ありとあらゆる文体を用いて書いていく。いわば、一種のパロディである。
 1つのストーリーをいくつもの文体で書いていく手法は、レーモン・クノーの『文体練習』にも見られるし、既存の物語を語り直す手法は、太宰治の『お伽草紙』にも見られる。
 この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。また誰にでも実行可能であり、何よりも、楽しみながら文体の練習をすることができる。このような方法を私は提案する。


問3:
 私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。
 この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。
 想定する学生数は、ゼミ形式のため、20人程度とする。
 評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。
 学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

時間:約2時間30分〜3時間
コメント:もしよろしければ、ご添削していただけると嬉しいです
当ブログコメント欄(しろたん様より)

講評

さて、この答案どう思いますか?





私の感想は「そこそこ読みやすいけど、答案としては『ダメ』」と思います。この答案では合格はおぼつかない。200点満点中100点ぐらいかな?

問1

文章自体は分かりやすくていいのですが、重要なところが書かれていないので「芯」が通っておらず、そのせいで問2と問3も損しています。

さて、問題文は
問1:あなた自身の身体知の学び
図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第1象限と第4象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)
環境情報学部2013年入試小論文 設問より引用。
これに対して

 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。自分の書きたい話題を、自分の言葉で、自由自在に書けるようにするためだ。私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。
 私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。

文章自体は、そこそこ論理的なので、読みやすいです。だから、「粗」が見えます。

 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。

ここまではそこそこ。太字の「まず」があると、文章の後半で「次に」を示す内容が来ると読者は考えるので省いても可。ただし、テクニカルな問題なので減点にはならないと思います。読みやすさ、の観点から。

問題発見・解決的な読み手から見ると、

良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。

と、書いてあるので、ここには目が留まります。つまり、「自分の文体を確立すること」がよいこと、だという価値観設定をしている部分だから。ここ超重要。

私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。

ここまでは分かりやすい。上で太字にした「まず」のあとに、また別の「まず」が来ているので、まともに文章を読んでいると「あれ?」と思う。但し、上述のように、テクニカルな問題であって、読みやすいかどうか、という問題です。



けれども、この「解決策」には欠点があります。「文体」を確立したかどうかがこの文章からは分からないからです。もちろん

私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。

と、本人は解決したんでしょうけれども。読者には、それが伝わらない。なぜか。「文体」というものが定義されていないから、です。おそらくは、この「文体」に対する定義が、きちんとなされていないこと、というのがあとあとまで響いてきます。

しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。

「自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。」と書いてあるにも関わらず、この部分は「私の学んだ方法の欠点は○○です。○○を克服する別の方法はあると考える」とだけ書いてあるので、この部分は、出題に対してトートロジー。この論理の流れで書くとしたら、せめて「私の学んだ方法の欠点は○○です。△△するのが、つまらなく時間がかかるので、△△の部分を変えれば、○○を克服する別の方法はあると考える。」レベルまでは書いた方が無難。また「はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか」と書いてあるだけなので、「他にも、□□という方法が××だから有効である」と書く方法もある。「考察する」のだから、せめて「理由」を示す部分はほしい。

問2:身体知の学びを支援する新たな方法の提案

問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。必ずしも科学技術にとらわれる必要はありません。あなた自身の自由な発想によるこれまでにないまったく新しい方法を提案してください。(400字)
この問題文にある通り、この答案は全くだめ。ゼロ点にしてもいいぐらい。問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。という問題なのに、
この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。
と書いてあると、さすがに「問題文」を無視した、と取られてもしかたがない。

同じ書くにしても、

1つのストーリーをいくつもの文体で書いていく手法は、レーモン・クノーの『文体練習』にも見られるし、既存の物語を語り直す手法は、太宰治の『お伽草紙』にも見られる。 このように、文筆家や私小説が作品の一部として、「文体の書き直し」を行うことはある。私はこれを「文章を書く技術」習得に主眼を置いて提案したい。

ぐらいの論理の流れにはしたほうがいいと思う。

なお、

 この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。また誰にでも実行可能であり、何よりも、楽しみながら文体の練習をすることができる。このような方法を私は提案する。

部分についてはピンぼけ。「実行可能性」と「実効可能性」を意識した部分だと思いますが。「文体とは何か」を明確に定義していない以上、文章の読み手は「文体の書き直し」が「丸暗記方式」の欠点を克服したかどうかは分からないから。

問3:未来創造塾において、身体知の学びを支援する新規科目の提案

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、近い将来新たに建設する未来創造塾において滞在型教育に挑戦します。慶應義塾大学の原点である適塾のように、教員をふくめた仲間と寝食をともにし、問題発見解決型学習を目指します。
 あなたは入学後、この未来創造塾において、あなたが独自に提案する科目設置を認められました。あなた自身が伸ばしたいと考える自らの身体知を最大限引き出し、伸ばしていくための新規科目を提案してください。問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びを具現化する手段として、ここで提案する科目は、あなただけでなく、多くの学生に貢献しうるものであってほしいと願っています。
 設置する科目名、その科目で履修する内容、その科目を履修することによって伸ばせるとあなたが期待する身体知は何か、想定する学生数、評価方法、そして学生、教員の学び方と教え方がどのようにあるべきかについて述べてください。未来創造塾に必要とされる設備・環境などを挙げても構いません。(600文字)
という問題。

これに対して、答案が

問3:
 私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。
 この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。
 想定する学生数は、ゼミ形式のため、20人程度とする。
 評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。
 学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

という感じ。

私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。

前半で「設置する科目名」については触れられているので問題ないけど...。「文体」はどこに行ったの?ここはタイトルなんだから、「文体」について書くべきでは?ついでにいうと、うしろの「したがって、」は「つまり」もしくは「(なし)」でいいのでは?こんな感じで。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評するゼミ形式の科目となる。でよくない?(笑)

この辺から、超あやしい。

この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。

端的にいうと、「良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。」と矛盾が生じている、あるいは、この文章と引用箇所が離れ過ぎていて、ワンステップなしには理解できません。「文体ストック」を作ることと「自分の文体確立」の関係性は曖昧です。

それに、「具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。 」というやりかたは「自分の文体確立」にはいい影響がありそうだけれども、「<文体ストック>」のように「幅広い文体を身につける」という効用性もいい影響はありそう。

で?結局、あなたの目的はどっちなの?

コレって結局、「身体知獲得」という解決策の「目的」を定めていないから、曖昧になってしまっているんだと思います。

評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。

この部分もイマイチ。「斬新な文体」や「面白く書き直す」ことで、「自分の文体確立」や「文体ストックが増えること」は確認できません。

別に、斬新な文体ではなくても、「自分の文体確立」をしている人はたくさんいます。また「新しさ」や「面白さ」という別の「価値観」を導入しているので、読み手は混乱するだけです。「新しさや面白さ」「自分の文体確立」「文体ストック」いったいあなたはどれが一番大事だと思ってるの?><。

学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

双方向的であることのメリットがよくわかりません。先生の役割は?体育のときに、ペアを見つけられなかったぼっちの男の子の相手をするのと同じ役割?もう少し深堀したほうがいいかもね。

こういう答案をみたら、こう思います。「あ、この人、問題設定・解決」が出来ない人なのね、と。

というわけで、このへんで。

環境情報学部2013についてもう一度考える

環境情報学部2013年小論文は私にとって非常に解きづらい問題でした。

解答のテーマを決めるための私の頭の中を会話にしてみます。
 「復習」=「反省・振返り・フィードバック」は、身体知になるかな。なりそうだよね。書いて反省する、話して内省する・フィードバックを受ける、など身体動作を中心に習得するし…。「振り返る」という行為は言葉では説明できないし…。この問題の身体知に合ってるよね。テーマとしてはOK。これって他の学生に貢献できるかな、もちろんできそうだよね。その点もOK。
 どういう「振り返る」授業にしようかな。ブログや日記じゃつまんないし、単なる話し合いも中学生日記みたいな授業になりそうだし…………。そういや…私のストラップLEGOだった。あ、LEGOを使った振り返りっておもしろくない?その日一日あったことをLEGOを使って振り返る。サッカーとかでチームの動きを反省するのにもいいよね。みんなで話し合ったあとに、その感想を言い合うのにもLEGOを使った方が角が立たなくない?
 意外にLEGOをつかった「振り返り」の習得っていいんじゃない?子ども向けのおもちゃを大人の振り返りに使うっていうところが新しいかも。日記やブログなんかと違って三次元だし。単にお風呂に入りながらその日一日のことを思い出すより、絶対にやりやすいはず。
 よし、これにしよう。評価方法は…「振り返る力」が身に付いていることだから「振り返り」に関するレポートでいいや。LEGOの写真や動画を必須にするとか?あとは学期のはじめの「振り返り」と学期のおわりの「振り返り」で成長が合ったひとを評価したいよね。2回のレポートの差で評価しようかな。こういう授業のとき、先生には何をしてほしいだろう。やっぱり、私が言っていることの学問的な裏付けとか知りたいよね。心理学とか社会学とか。それにLEGO以外にもいろんなツールがあるかもしれないし。先生には「学問的裏付」と「いろんな先行アイデアや新しいアイデア」を出してもらうことを期待しよう。学生は、自分で実践してみて「改良」や「難点」を並べてみて方法を洗練させる側に回るほうがいいかも。それって実際に実行する側じゃないとできないし。
さて…このアイデアって果たして…どうでしょうか。私はこのアイデアでしっかり書けば合格にたどり着くと思うんですよね…。

この中に一つだけ嘘があります…。それは「レゴブロックが振返りに使われている」ことを知らないフリをしていることです。レゴを使った初等教育・中等教育は過去からありました(そもそもレゴブロック自体対象は小学生高学年まで含めていますし…。)そのレゴを高等教育やビジネスの現場に使おう、という動きは2000年代から既にあります。私が知っている限りでは大きく2つ。一つはシステム開発手法の中のアジャイル開発という分野で、振り返りをするための手法の一つとして。もう一つは企業が対象を客観視する方法の一つとして。そして、客観視する対象として各人の行動を対象とする場合にはまさしくそれが「振り返り」です。

したがって、このアイデアには実は独創性や新奇性は全くないです。私にとっては、知っている知識を、授業の形にカスタマイズしただけです。

今年のテーマについて「先端」で今行われていることを説明してよ、と言われるともう少し多くのことを説明できますが…日頃からそれなりにうんうんうなって考えているこの分野での、新しいアイデアを2時間で形にしろと言われたら98%無理です。インスピレーションの神様が降りてくる可能性に期待するしかなくなります。つまりは、「独創性・新奇性」が合格に大きく影響を与えるのであれば、私は今年は確実に不合格を確信します。書けないですから。

独創性は合否を左右するような採点基準なんでしょうか?

 大学が採点するためには何らかの採点基準が必要です。採点基準がなければ、各人間の比較が不可能となってしまいます。今年の設問は「授業」を作るというアイデア力や発想力がなければ書きづらい入試であるのは確かです。けれども、一方で「出てきたアイデア間」に優劣をつけることが難しいように感じます。「ありきたりなアイデア」ならばダメというのであれば、「レゴを使った振り返り」は私にとっては「ありきたり」です。けれども、世の中にははじめて聞く人も多いはずです。
 玩具の「ブロック」大学や企業まで注目 その効果とは?産経新聞のごく最近のニュース記事です。ニュース記事になるということは、世の中にとってはこれは「ありきたり」ではなく、それなりに「新しい」ということを示しています。
 では、「アイデア間の優劣」は例えば「これは1990年代のアイデアだから△点」「これは2000年代のアイデアだから○点」「これは今まさに行われてることだから◎点。」「これは誰もやってない。新しい。合格。」というような基準で決まるのでしょうか。なんとなくしっくり来ません。「ありきたり」というのは個人の主観やバックグラウンドに応じて大きく違うのだから、採点基準にならないのではないでしょうか。
 アイデア間の優劣を採点に織り込むとしても、「設問の設定に合わせてきちんと書けていればアイデアをきちんと出せたものとみなして点数をつける」ぐらいの採点基準になっていて、アイデア間の優劣は多くとも点数にして10〜20点、1割以下に留まっているのではないでしょうか。

昔から言われているSFCの「独創性・新規性を重視する採点基準」について…私は今でもうたがってしまいます。(一定基準を満たしたアイデアに対して、同じアイデアの数をカウントして、その数が少ないアイデアに対してアイデア点を高めに点数をつける、という方法がないではないですが、同じアイデアと判断する基準は難しそうです。)

環境情報学部2013 問題感想

私学組の皆様は発表待ちで、国立組の皆様はラストスパートという感じでしょうか…。いずれにせよお体に気をつけてくださいね。さて、昨日に引き続いて、環境情報学部の小論文の感想を(眠くなるまで)書いてみたいと思います。

感想

読んだ瞬間にポランニー「暗黙知」ですか…「身体知」ですか…なんて思いましたが、設問を読んでみるとそこまで無茶でもない気がしました。ポランニーの「暗黙知の次元」を読んでいた人は焦り度合いが他の人より少ない分有利であったのは確かでしょうが、それ以上のメリットはあまりなさそうです。それよりは、メジャーどころでいうと内田樹の身体関連の著作を読んでいるとちょっとだけ得だったかもしれません。同じ視点から行けば、古典で話をすると、野中郁次郎の「知識創造企業」や、ベナーの「看護論」、ドレイファスの「コンピュータには何ができないか--哲学的人工知能批判」あたりを読んでいると少し得な気がしましたが、読んでる受験生はあまりいない気がします。内田樹か野中郁次郎ぐらいなら1割ぐらいの受験生が読んでいるかもしれません。
 ともかく、例年同様、特段「暗黙知」や「身体知」について知らなくても、設問や資料文でしっかりと記載があるので、その部分に関しては迷わず書けます。ただし、問題1〜問題3が強く結びついているので要注意というのがザッピングしてみた感想です。分量も1400文字で少し多めではあるものの例年並だと思います。

解説


問1:あなた自身の身体知の学び

図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第1象限と第4象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)
(環境情報学部2013年入試小論文 設問より引用。出典はYOMIURI ONLINE。以下このページ内では同様。)
念のため、身体知の定義を設問から引用しておきます。
たしかにわたしたちは、言葉では説明できない知識をもっていることを誰もが納得することでしょう。このことをポランニーは、暗黙知とよびました。これに対して、言葉や記号によって記述できる知のことを形式知とよびました。
 暗黙知のひとつに、身体知とよばれるものがあります。(中略)。このようにして獲得された身体技能のことを身体知と呼びます。身体知の獲得においては、言葉によって説明ができなくとも、どのようにすればよいのか、すなわち、howを知ることが、身体を動かすことによって得られます。
(環境情報学部2013年入試小論文 設問より。)
ざくっとおおまかに理解して、「言葉では説明できない知識のうち、身体を動かすことによって獲得できた身体技能」が「身体知」です。総合政策的アプローチの観点から考えると明らかに「身体知(の獲得)」は「解決策」です。「解決策」が主題となっている場合、「問題発見・問題解決」を理念とするSFC小論文は「問題」を問うてくることが多いです。それは念頭におきましょう。但し、この設問そのものは、「解決策の検討」のうち「実効可能性の検討」「実行可能性の検討」を中心に質問しているようですね。400文字の中で
 ・学んだ「身体知」の内容
 ・どのような経験でそれを獲得したか
 ・自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか
の3つを書く必要があります。この設問の方針を立てる前に次の設問をみてみましょう。
問2:身体知の学びを支援する新たな方法の提案

問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。必ずしも科学技術にとらわれる必要はありません。あなた自身の自由な発想によるこれまでにないまったく新しい方法を提案してください。(400字)
この問題は少しやっかいです。言い換えると、「問1で述べたあなたが身体を動かすことによって獲得した言葉で表すことが難しい身体技能を、さらに大きく向上させるための”身体を動かすこと”を含む新しい方法を提案してください。」ぐらいでしょうか。「新しい方法」は必ずしも「身体を動かすことのみ」に限定されるわけではありません。但し、設問の趣旨からして「新しい方法は頭脳知だ」とするのは「やりすぎ」だと思います。
また条件に「あなた自身の自由な発想によるこれまでにないまったく新しい方法を提案してください。」とあることがこの問題のハードルをあげていますが、そこまで気にしなくてもよいと思っています。「あなたの卑近な例に対して、そのときには思いつかなかったもっと新しい方法ってない?」ぐらいのトーンですから。

それよりも、この設問と問1の論点3番目の違いがイマイチ分かりません。強いていえば「大きく向上させる」が違います。問1の論点3番目では、「こんな方法もあると思います」という紹介に留め、問2では「なぜ大きく向上するか」という理由を含めてしっかり書くぐらいの違いを出す必要があると思います。

ここで、書き始めたいところですが、まだ問3があります。
問3:未来創造塾において、身体知の学びを支援する新規科目の提案

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、近い将来新たに建設する未来創造塾において滞在型教育に挑戦します。慶應義塾大学の原点である適塾のように、教員をふくめた仲間と寝食をともにし、問題発見解決型学習を目指します。
 あなたは入学後、この未来創造塾において、あなたが独自に提案する科目設置を認められました。あなた自身が伸ばしたいと考える自らの身体知を最大限引き出し、伸ばしていくための新規科目を提案してください。問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びを具現化する手段として、ここで提案する科目は、あなただけでなく、多くの学生に貢献しうるものであってほしいと願っています。
 設置する科目名、その科目で履修する内容、その科目を履修することによって伸ばせるとあなたが期待する身体知は何か、想定する学生数、評価方法、そして学生、教員の学び方と教え方がどのようにあるべきかについて述べてください。未来創造塾に必要とされる設備・環境などを挙げても構いません。(600文字)
まず注目したいのは、「問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びを具現化する手段として、」とあることです。つまり、問2の内容は「単に過去の自分の過去の経験をよりよくする方法について再考察する」というのではなく、今後の「新しい身体知の学習方法」を提案する位置づけで記載しなければ問3につなげられない、ということです。ここまで通して設問分析をしなければ、問3の内容を書く前に苦労すると思います。問1〜問3がつながらないからです。

 本番で気づけるかどうか自信はないですが、この設問に置ける「身体知」という言葉は「それを学習するための方法として身体を動かすこと必ず要求される言葉では説明できない身体技能」というようにその定義の中に「学習方法」が内包されています。このように定義の中で学習方法を限定しているものに対して、さらに新しい学習方法を提案するといったところに難しさがあると思います。

 ちなみに資料文を読解して私が思いつくのは、「頭脳知と組み合わせて身体を動かす方法」ばかりです。しつこく記載すると「学習方法としての身体動作の結果で現れている技能としての身体動作を、科学技術もしくは主観を用いることにより、言葉あるいは記号(図etc)で表現して、一定程度身体動作として操作可能な状態にした上で、次の学習方法としての身体動作にフィードバックできるようにして、次の身体動作の内容を変更する」方法です。つまりは、どうしても学習方法としての「身体動作」のみでは限界があるから、言葉や記号の形になった形式知の力を借りようよ、という方法です。
 そういう方法を「身体動作により習得できる言葉では表現できない身体技能」の新しい習得方法として提案することに違和感を感じてしまいます。このあたり本番で気づくかどうかは分からないですが、今年の小論文の書きづらさはこのへんにあると思います。

 次に無視したくないのは、「あなた自身が伸ばしたいと考える自らの身体知を最大限引き出し、伸ばしていくための新規科目を提案してください。問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びを具現化する手段として、ここで提案する科目は、あなただけでなく、多くの学生に貢献しうるものであってほしいと願っています。」とある部分です。単にあなた自身のプライベートなものではなく、「みんなに貢献できる身体技能」であることは文章の中でひと言ぐらいふれたいものです。(ちなみにこの部分が唯一「問題発見」力をアピールできる部分になると思います。)

あとは、その内容を
・設置する科目名
・その科目で履修する内容
・その科目を履修することによって伸ばせるとあなたが期待する身体知は何か
・想定する学生数
・評価方法
・学生、教員の学び方と教え方がどのようにあるべきか
の形式で小論文にすればよいだけです。

とはいうものの、重ね重ねになりますが、これを小論文にするためには、問2の記載内容を「身体知を習得するための新しい方法」として明確化しないと、全体の軸がぶれてしまいます。そしてそれに気づくためには、問3の設問までしっかり読み解く必要があります。設問分析から読み取り・構想まで45分〜1時間ぐらいかけて、しっかり固めた構想に合わせて、問1から問3までの内容をひたすら書く、という方式がいいように思います(そうでなければ問3で止まってしまうでしょう。)

資料文は、特に「身体知を習得するための新しい方法」を考えるための材料探しとしてのザッピングが主流になるため、全部を読む事は要求されないと思います。速読術ではなく、ザッピング力を身につけている人に有利だと思います。



今年もそうですが、SFCの資料文は読んでいて楽しい物がおおいです。西岡常一氏は宮大工さんで、その特に育成論や宗教論がおもしろいため、よくよく本等で引用される方です。プロジェクトXというテレビ番組の話もしばしば引用されます。「自分からしてみせな。それがいちばんですな。なんぼじょうずに文句言うてもあきませんわ。やっぱりまず私自身鉢巻きをしめて、汗を流して、その人の前でこういうふうにやってくれと、実際してみせんとな。」今回の資料文ではこういうよさは伝わってきませんね…。残念ながら。かっこいい人です。お時間があれば読んでみてください。

西岡常一氏を「かっこいい」と表現するなら、金井壽宏氏は「変わった人」で「おもしろい」です。今回は資料文では編著の「実践知」から引用されています。経営学の分野の人なのでその手の本が多いですが、クルト・レヴィンという心理学者に傾倒していて、読めば読むほどクルト・レヴィンの話が出てきます。大変な読書家で日帰りの東京出張の際にいわゆるころころバッグに大量に本を詰めてくる、というエピソードを何かの本で共著者が楽しそうに暴露していました。「サーバント・リーダーシップ」等の本がオススメです。

無駄話を書きすぎました…。後日、修正するかもしれません。すでにいくつか気になるところが…・。



とにかく、皆様SFC受験おつかれさまでした。
役に立ったか立っていないのかよく分からないブログですが(誤字・脱字も多いですし)、書いていてとても楽しかったです。