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環境情報学部・2009年

ご回答:2009年環境情報と読解力

しかし自分は文章を読むのが下手なのか、例えば2009年の環境情報の問1を総合政策的アプローチに落とし込めません。
単純に文章を読んで相互関係を見出し書けばいいのでしょうが、文中の「メディア=コンテンツ」という事が全ての資料で論じられている事に気づけませんでした。
そこで質問なのですが、
1.そんな時のためにこちらで書かれていた総合政策的アプローチをもとに文章を俯瞰すればよかったのでしょうか。
2.だとすればどのように①〜⑦に当てはまるのでしょうか。
3.それともやはり単純な読解問題であるだけで総合政策的アプローチには頼れる問題ではなく、自分にただ読解料が不足しているだけなのでしょうか。
ご質問ありがとうございます。

ざくっと概要だけ先にご回答いたしますと、2009年の環境情報の問1は総合政策的アプローチで直接的に考えるよりも、単に読解問題だと思った方が解きやすいと思います。SFCの設問は必ず総合政策的アプローチで理解できますが、解答自体は単なる読解と思った方が整理しやすい問題もあります。総合政策学部の教育の問題なんかもその類の問題です。これで1・2のご回答にはなっていると思います。

ちなみに総合政策的アプローチに基づけば「コンテンツ」=「解決策」です。「メディア」はどちらかといえば、「実行可能性の検討」に近く、またコンテンツは「実効可能性の検討」に近いです。もちろん、メディアにも「実効可能性の検討」という側面はあるので単純に二分はできませんが。

ということで、3.のご質問にお答えするならば、一義的には「読解力不足」です。
但し、私はご質問文の中の
文中の「メディア=コンテンツ」という事が全ての資料で論じられている事に気づけませんでした。
という視点が少し違うかな、と思います。

学問的に整理したものではなく、寡聞により私が知らないだけで、もっとうまくまとめた理論があるかもしれませんが、気になる部分を私なりに整理させてください。一番気になるのは「=(イコール)」です。

「=(イコール)・同じ」にはいくつもの種類があると考えられます。

・完全な一致性を表す「イコール」
数学でいう「=」であり、観念的に完全に同一であることを指します。小論文などではあまりでてこない「=」です。

・合同・相似関係を表す「イコール」
例えばネジがあって全く同じ大きさで同じ形であれば「同じ」と言いますがこのときの「同じ」を表す「=」です。
あるいは「服」なんかもそうですね。
サイズが7号であっても9号であっても「同じ服」という表現になりますよね。
「同じ服の7号サイズがありませんか」と聞いたりします。
これは二つ(以上)のものを比べて、ある一点以外は全て「同じ」場合に用いる「=」です。
二つの物は明らかに別の個体・物体だと認識している「イコール」です。

・同じ種類を表す「イコール」
町で散歩している二匹の犬を見て「あの犬」と「この犬」は「同じ」だ、という時の「同じ」です。
これは両方とも別の個体であり差異もたくさんあるけれども種類が「同じ」だ、という意味のイコールです。これは相対的な「イコール」で例えば、ブルドックとコーギーと三毛猫がいるときには、ブルドックとコーギーは「イコール関係」になりますが、ブルドックが2匹とコーギーと三毛猫がいるときには、ブルドック同士が「イコール関係」になります。

・ある点が共通している場合の「イコール」
彼と私は同じ中学出身である点で「同じ」だ。という場合の「イコール」です。この「同じ」は、もはや相違点の方が多くなります。けれども、ある共通点に着目したいがために「イコール」で結んで「同じ」と言います。

・同じ対象を別の角度から見る場合の「イコール」
「優しい彼」も「けんかして拗ねる彼」も同じ彼だ、という場合の「イコール」です。これは同じ対象の中の差異を強調するためのイコールです。

2009年環境情報の問題は確かにわざわざメディア=コンテンツのような表現を使っていますが、実際には最後の「差異」を強調するための「イコール」と思った方がいいと思います。だから、相互関係は「同じ」だ、というのではなく差異を強調してまとめたほうがよいと思います。

そもそもSFCの資料文は元の文章が非常に難しいものが多く完全に読解するのは不可能です(私も読むたびに少しづつ解釈が変わります。マクルーハンを読んだあとと読む前ではもはや天と地の差です…。)気楽に「読み取った物をまとめる」ぐらいの感覚でいいような気もします。問2に関連づけられればもっとよいですが。

ご回答:2009年 環境情報学部

2009年 環境情報学部 小論文について答案をご投稿いただいたので軽くコメントを書かせていただきます。例によって、管理者のみ閲覧可能なコメントですので全文掲載は控えさせていただきます。(問2はほとんど全文掲載になってしまいましたが…。)

まず問題1は以下のような内容でした。
問題1
メディアとコンテンツは、一体となって、自分の考えを他者に伝えてくれるもの、他者との関わりを生み出してくれるものだと考えられる。
資料Aでは、〜としている。
資料Bでは、〜と考えられる。
資料Cでは、〜であるとしている。
以上を総合すると、コンテンツとメディアは別々に存在するものではなく互いに不可分のものであり、その2つが一体となって他者とのコミュニケーションを可能にしてくれるものだと考えられる。
論理的には「分かりやすい構造になっています。但し、設問分析が甘いため、設問と直結していない答案となっています。
問題1 資料A、資料B、資料Cを読んで、メディアとコンテンツはどのような相互関係にあるかを整理して、解答用紙に600字以内で記述してください。
(慶應義塾大学環境情報学部2009年小論文より抜粋)
問題1(当ブログ改題) メディアとコンテンツについて書かれた資料A、資料B、資料Cを読んで、各資料別に整理して、解答用紙に600字以内で記述してください。
もし、設問文が当ブログ改題の内容であれば論理構成に問題は全くありませんし、内容もそこまで変な内容が書かれていませんので合格最低点は確実に突破するでしょう。

けれども、実際の設問は上記に書かれた通りです。このため、答案が「相互関係」について書かれたものかどうかが明確ではない。各資料で述べていることは相互関係の観点から見ると重複することが多いため、どのような相互関係にあるかという観点で整理すると、資料毎の整理は重複感があるといった観点から答案として違和感を感じます。もちろん、内容は「相互関係」にあるかについて記載されている部分も多いため、採点すればそこそこは点数がつくのでしょうが…、設問分析が甘いという感覚は拭えません。前後のまとめ部分が「どのような相互関係にある」と書かれていて、「各資料別に整理する」と明言されていれば、答案の一つとしては成立するとは思いますが…。

この答案では、
「メディアとコンテンツは以下の3つの相互関係にある。まず○○関係、次に△△関係、最後に××関係です。○○関係は〜。△△関係は〜。××関係は〜。」という論理展開が一番書きやすい書き方だとは思います。

問題2ですが、テーマはいいと思います。このレベルのアイデアが本番におもいつけば十分だと思います。あとは、設問分析さえしっかりできていれば完璧です。とはいっても、問題1ほど致命的ではないですが。
企画案には次の事項を含めてください。
(1)短めのタイトル
(2)企画したコンテンツの意図
(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか
(4)企画の具体的な内容
慶應義塾大学環境情報学部2009年小論文より抜粋
とあるため、この4つは答案にないといけません。

ほぼ全文掲載になってしまって恐縮ですが、
「体を動かそう」というタイトルの企画を提案する。
近年、子どもの運動能力の低下が問題となっている。その理由は、子どもが外で遊ばなくなったからだ、と考えられている。その原因として家庭用ゲームの普及が考えられる。しかし、他にも外で遊ばせることで子どもに危害が加えられるのではという保護者の心配や、遊び場が少なくなっていることが大きな問題である。公園の遊具が撤去されたり、騒ぐことが禁止されたりしている公園も多く、かといって道路で遊ぶにも車が通って危ない。その結果、子どもが外で遊ぶことが少なくなっている。
そこで、もっと子どもを遊ばせたい保護者の皆さまに映像コンテンツを製作したい。
その内容は、テンポの速いこどもの歌にあわせて、躍りを映像に流す、というものである。この映像コンテンツを使うことで、外に出なくても家の中で体を動かすことができるし、慣れ親しんだこどもの歌を使うことで、楽しみながら踊ることが出来る。また、子どもの運動不足の解消に繋がるだけでなく、保護者の方が一緒に踊ることで子どもとのコミュニケーションの増加に繋がり、家族仲がよりいっそう高まるという効果も期待出来る。(当ブログコメント欄への投稿・一部内容変更
内容を読んでいくと、
(1)短めのタイトル:
「体を動かそう」というタイトルの企画を提案する。
(2)企画したコンテンツの意図:
明確な箇所なし(文脈から「体を動かすこと」であることは明確ですが。)
(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか:
「もっと子どもを遊ばせたい保護者の皆さまに映像コンテンツを製作したい。」
(4)企画の具体的な内容:
「テンポの速いこどもの歌にあわせて、躍りを映像に流す」
「慣れ親しんだこどもの歌を使うこと」
「保護者の方が一緒に踊ること」
と、概ね必要な内容がカバーされているようにはみえます。
 けれども、設問上上記4つを「含める」とある以上、明確ではない「コンテンツの意図」を「明示する」必要はあると思います。このコンテンツの意図は「子どもの運動不足解消」ですよね。そうすると、それを「コンテンツの意図」として明示しないと「4つ」が含められていないように見えてしまうのです。特に「もっと子どもを遊ばせたい保護者の皆さまに映像コンテンツを製作したい。 」という文章があることでその意図があいまいになってしまっています。この文章があることで「子どもを遊ばせる」が「コンテンツの意図」として読めてしまいます。違いますよね。「危険な外で遊ばせることなく、家の中で子どもの運動不足を解消させる」のがコンテンツの意図です。この手の問題は「含める」と書いてある以上、明示したほうが無難です。
(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか:
「もっと子どもを遊ばせたい保護者の皆さまに映像コンテンツを製作したい。」
ここは、少し言葉足らず感が否めません。「保護者の皆様に〜製作したい」とあるだけだと、その内容を「教育委員会に売り込む」のか、「幼稚園に売り込む」のか、「国に提案する」のか、はたまた「保護者の皆様に読んでもらう」のかが明確ではなく、読み手の「好意」にゆだねられます。逆にいえば「好意的に」読まなければ、「誰に読んでもらうつもり」かは不明確です。「もっと子どもを遊ばせたい幼稚園の先生に映像コンテンツを製作した」ものの企画書を「教材販売会社に読んでもらうつもり」で作成することは、世の中ありそうですよね。逆に考えると、「もっと子どもを遊ばせたい保護者の皆さまに映像コンテンツを製作したい。」という文章だけからは、「(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか」を読み取ることはできません。

この2点が、全体としてみた場合、非常に気になる点です。加えていうと(4)の部分も具体案を記載する部分にまとめて「子どもが慣れ親しんだ曲で」「保護者も一緒に踊る」という内容を書いた方がすっきり読めます。

この先はテクニック的になってしまいますが、
また、子どもの運動不足の解消に繋がるだけでなく、保護者の方が一緒に踊ることで子どもとのコミュニケーションの増加に繋がり、家族仲がよりいっそう高まるという効果も期待出来る。
の部分は蛇足感があります。企画を実施する以上、企画によって起こる「よいこと」は複数あり、副次的な効果も存在するのは当然です。だから現実に企画をする場合は大いに「追加で期待できるよいこと」は追求すべきです。ただし、小論文としてみてしまうと、論理の一貫性の観点から、蛇足に見えてしまうのも確かです。もっともこの蛇足感は、「危険な外で遊ばせることなく、家の中で子どもの運動不足を解消させ、なおかつ親子間のコミュニケーション不足も解消できる企画」として最初から企画に入れることで解消できます。また、幼稚園・保育園のみで運動するだけでは運動不足だからこそ、保護者とコミュニケーションしながら踊って運動不足を解消しよう、という風に提案を変えることでも蛇足感は多少はなくなります。通常、小論文では「伝えたいこと」以外を述べると読みづらくなります。だから、「伝えたいこと」を明確にした上で書く内容を吟味すべきです。(もっとも、本番でその余裕はあまりないですが。)

 最後に、「これを入れたらもっとよい」という視点を提示して終わりにしたいと思います。
 それは、例えばこの案で提示していただいている「踊り」を「メディア」と見る視点です。もちろん小論文としては「映像」がメディアで、「企画(案)」がコンテンツであることは明らかです。けれども、いざ実際に保護者の皆様がこの「踊り」を使う際には、その「踊り」が「メディア」になり、コンテンツである子どもの動きが生まれます。
SFCではメディアをどう捉えたかというと、非常に硬い定義をしています。「人間の感情や意思をどのように表現するかということと、それをどのように情報として表わし、伝達するかということ」
(慶應義塾大学環境情報学部2009年)
とある通り、「親のもっと安全に運動させたい」という意思を「踊り」という家でも実現できる体をつかったものとして表現し、そしてまた「踊り」という子どもが理解しやすい情報として表して、子どもに伝達するため、ここでいう「踊り」は「メディア」としての本質を備えています。そこから、各子どもの「踊り」というコンテンツが生まれます。
 また先ほどダメ出しをしましたが、言葉でのコミュニケーションがまだ不自由な親と子どもの間で「同じものをみて同じ行動をとって共感しあう」というタイプのコミュニケーションとして「踊り」はまたとない「メディア」です。この「踊り」という「企画」自体が強烈なメディアとなっているわけです。
 問題1で「メディア」と「コンテンツ」の相互関係を論じているのですから、「コンテンツ」の具体例を述べた問2自体を問1の具体例として位置づけて、具体的な「コンテンツ」を述べた問2の内容を具体的な「メディア」と関係づけて示すことができれば、非常によい小論文になると思います。
#というよりも、この視点こそ「本質」として小論文に入れたいところですが…そういう答案が合格者500人の中で果たしていくつあるか…。

ご回答:2009年 環境情報学部の問題の解説

2009年 環境情報学部の問題の解説です。(例によって少しづつの解答になります)

2009年の問題は「問題2」から設問を分析すると、出題意図は自然に解けます。
問題2 あなたは、ちいさなこども(3〜10歳くらい)を対象にした、「こどもの歌」の2〜3分の映像コンテンツを制作あるいは製作することになりました。〜(中略)〜。このとき、制作者あるいは製作者の立場から、具体的な事例を考えて、そのための企画案を作成して、解答用紙に600字以内で記述してください。〜(中略)〜。企画案には次の事項を含めてください。(1)短めのタイトル、(2)企画したコンテンツの意図、(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか(4)企画の具体的な内容。
出典:慶應義塾大学環境情報学部2009年小論文
この出題文からも読み取れるように「コンテンツ」という「企画」は、何らかの「意図」を持って実行する策です。「感動させる」だけのコンテンツではいけません。つまりは「コンテンツ」は「解決策」です。そう考えると、「企画したコンテンツの意図」は「問題の再設定」ステップにあたりますし、「企画の具体的な内容」は、「解決策の検討」ステップにあたります。どういうつもりでこのコンテンツを企画したのか=どういう問題を解決したいのか=どういうことを悪いと考えているかですから、「企画したコンテンツの意図」は「問題の再設定」です。「企画の具体的な内容」は当然のごとく、「解決策とその検討」です。ただし、この問題では、予算の制約等は記載がないので、常識的な範囲で機材や資金は使えるのでしょうから、「実行可能性の検討」はあまり必要ありません。ただし「実際に効果があるかどうか」はその「コンテンツ」が成功するかどうかの肝の部分だからそこがポイントになりそうです。「副作用」についても出題文中特段何も記載がないので必要に応じて書けばよいでしょう。
 少し難しいのは、「(3)あなたの企画案を誰に読んでもらうつもりで書いたか」です。ここで、「価値観」は人によって異なる、という基本的な考えに気づけば、「問題の再設定」に該当することが分かるでしょう。但し、少し複雑なのは、その主体をどこに設定するか、です。まず「子供は○○○がよいことで、×××が悪い事」と考える主体であるあなたが「コンテンツ」を作ります。そして、そのコンテンツを「誰か」に見せます。「あなたの価値観に「同意」する協力者なのか、あるいは理解してくれない妨害者なのか」は分かりません。分かりませんが、少なくとも誰に見せるかで企画の内容も変わってきます。コンテンツを見るのは子供でもそこに意味を持たせるのは大人です。だから、企画書を読ませる人は第2の価値観を持つ人になります。

問1は「総合政策的アプローチ」のポイントさえ理解していれば、至極かんたんな問題です。
 何をしたらいいのだろうかと言うと、これは全く新しいメディア学の領域であって、ひとつはコンテンツ制作技術の領域、もうひとつは、物事を創造するクリエイティヴな世界を展開することでしょう。前者はある意味では解決の技術の世界ですね。もうひとつの方は問題を発見する世界ですね。だから、SFCでも問題発見・解決能力と言ったのです。SFCでは問題を広く捉えて、学問のみならず、学生が生活するキャンパスも問題の対象にした問題発見・解決型のキャンパスになったのです。
 クリエイティヴな技術は、どのように問題を見つけだすかということだと思います。その問題を解決し、コンテンツとして実現する政策技術が開発されて、はじめて工学としての意味をもちます。
出典:慶應義塾大学環境情報学部2009年小論文 資料A
当ブログを読んでいる人なら、資料Aのこの部分を見た瞬間に「ニヤリ」としてほしいです。ラッキー問題です。ここを読めば「総合政策的アプローチ」そのものを「コンテンツ制作技術」=「解決策」、「クリエイティヴな世界」=「問題発見(問題設定)」とに2つに分けて説明しています。
 つまり、「メディアとコンテンツとはどのような相互関係にあるかを整理して、」という問題は「総合政策的アプローチ(である「コンテンツ」)を、メディアと関係づけて説明して、」という問題に他なりません。メディア学で有名なマクルーハンの名前が出てくるので、予備校で学んでいる人は「出た。マクルーハン。」と喜んでいるかもしれません。でも、マクルーハンのメディア論の知識を書いてもしかたありません。ここでは「コンテンツ」は総合政策的アプローチなのですから。
 というわけで、問題1は「総合政策的アプローチ」そのものを問う問題です。3ステップ全体を指しています。あとは、総合政策的アプローチの本質を外さないまま、「メディア」を答案に組み込んでいけば、最低点は取れる問題です。もちろん、この問題は「メディア」を組み込むのはそこそこ難しいです。ただ、「コンテンツ」についてのポイントさえ抑えていれば、メディアとコンテンツの相互関係は少々変でも最低点はとれると思います。資料Cは「クリエイティヴな技術」部分の再掲に近いですし、やはりポイントは「総合政策的アプローチ」である「コンテンツ」、しかも、「問題発見」の部分に得点源がありそうです。

SFC小論文は「同じテーマ」を毎年繰り返しています。飽きてしまうぐらいに同じテーマです。じっくりと見れば、必ず答えが分かります。焦らずに解いていきましょう。