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総合政策学部・2007年

【添削】総合政策・2007年(とんがり様)

とんがり様、ご投稿いろいろいただいているのにすみません。まず、こちらからです。
選択した問題:格差社会

問一
資料一では、「議論の本位」とは、問題の本源であり、誰に対するかによって相対的に問題の善悪が決まるもの、としている。資料二では、正しい問題設定と端的に述べている。以上を踏まえ、私は「議論の本位」を、「一個人に対する問題の根本原因」と定義する。その上で、次に資料を分析していく。
資料七では、戦前から戦後にかけて失われた自足的誇り文化が、自足的新ノン・エリート文化という形で再び今日現れているという、格差社会の変動が述べられている。また、格差そのものはなくならないので、格差に対する文化の存在が重要だと述べている。
資料八では、広がる格差拡大感の原因を将来の所得格差拡大やデフレなどとし、セーフティネットの整備や貧困から立ち直れる社会制度の必要性を説いている。
資料九では、格差は相対的なものではなく、当事者がどう感じるかにより生まれるもので、当事者は現実と向き合い議論することが第一に必要だと述べている。
以上から判断するに「議論の本位」とは、「格差を受ける当事者がどう感じるか」である。なぜなら資料は全て、格差自体を問題と思っているのではなく、格差を受けた当事者の心の持ちようを問題としているからだ。例えば資料七・九がわかりやすいだろう。資料七は格差への対処文化が大事だとしているし、資料九は当事者の受け取り方で格差かどうか変わるとしている。一見わかりづらい資料八だが、セーフティネットが整備されても、格差自体が解消されないことを考えると、同様であるとわかるだろう。セーフティネットの目的とは、最低限の生活を送れるようにするだけではなく、上昇意識、つまり「まだ頑張れる」という心の持ちようの維持のためでもある。以上より、「議論の本位」を格差を受ける当事者の心の持ちよう、とした。
では次に、検討すべき「議論の箇条」を述べる。それは大きく二つある。一つは何故格差を感じているかだ。格差を感じる原因を社会構造など大きく分類できるはずだ。もう一つは解決策の検討だ。セーフティネットや社会復帰できる社会的制度など、当事者の心の持ちようを維持する解決策を検討すべきである。
以上議論の本位を当事者の心の持ちようとし、議論の箇条を格差を感じる原因と解決策の検討の二点とした。

問二
私は資料八、九の主張に賛成するが、資料七には賛成しない。なぜなら後者は、「議論の箇条」である解決策の検討があいまいなためである。以下まず賛成する主張についての理由を述べた後、そうでない主張についての理由を述べる。
ではまず賛成する理由について。資料八では、実質的格差はそれほど広がっておらず、むしろ格差拡大感が広がっていると述べている。これは私の考える「議論の本位」と一致している。セーフティネットなど検討していることも、解決策の検討という議論の箇条と合っている。資料九では当事者の心の持ちようを問題とし、解決策として当事者同士の議論の場を提案していて、同様の理由で賛成できる。
一方資料七に賛成しないのは、格差への対処文化を大事としてる点で議論の本位とは一致しているのだが、一方で解決策の検討はあいまいで、議論の箇条を満たせていないからだ。

総括

大雑把だけど「よい」と思います。足切り点はなんとか突破できるんじゃないでしょうか。うーん、ちょっとぎりぎり無理かなぁ。

詳解

問一
資料一では、「議論の本位」とは、問題の本源であり、誰に対するかによって相対的に問題の善悪が決まるもの、としている。資料二では、正しい問題設定と端的に述べている。以上を踏まえ、私は「議論の本位」を、「一個人に対する問題の根本原因」と定義する。その上で、次に資料を分析していく。「あり」のような「なし」のような。少なくとも私が採点するならこの部分は点数を入れません。設問で問うていないので。あと「一個人に対する問題の根本原因」は、ちょっとさすがにやりすぎ感が。まず「一個人」と限定すれば、行政や団体には使えない考え方になりますし、「根本原因」は何かを語っているようで語っていない。ここは資料から考えると間違いです。「誰に対するかによって相対的に問題の善悪が決まるもの」とご自分でまとめていらっしゃるように、「何をよいとするか、悪いとするか」なんですよね。これは物差しであり、価値観です。資料七では、戦前から戦後にかけて失われた自足的誇り文化が、自足的新ノン・エリート文化という形で再び今日現れているという、格差社会の変動が述べられている。また、格差そのものはなくならないので、格差に対する文化の存在が重要だと述べている。 資料八では、広がる格差拡大感の原因を将来の所得格差拡大やデフレなどとし、セーフティネットの整備や貧困から立ち直れる社会制度の必要性を説いている。 資料九では、格差は相対的なものではなく、当事者がどう感じるかにより生まれるもので、当事者は現実と向き合い議論することが第一に必要だと述べている。 まとめとしてはそこそこだと思います。不可となるものではないです。ただ、この部門も不要でしょうか。結局、小論文として尋ねられているのは「格差問題」に対する「議論の本位」と「議論の箇条」だけなんですよね。これ以外は一切不要です。先取りしますが、「議論の本位」は「格差を受ける当事者がどう感じるか」と主張するために、3つの資料の分析を行った結果を用いて、「なぜならば、各資料では・・・・・・」と述べるならまだしも。

こう考えてください。採点者は、設問で書いていることを受験生に聞きたいので、あなたの文章を「文章のはじめから」読みながら、「議論の本位」は何?「議論の箇条」は何?と読み取ろうとしています。この「文章のはじめから」というのがポイントで、文章の途中から読む人はあまりいないんですよね。だから、文章の上からきちんと読んでいったら(格差社会についての)「議論の本位」と「議論の箇条」が読み取れるように書けていなければいいんですよね。だから、私はこう読んじゃいます。

この小論文で実質意味があるのはここから先だけです。と。以上から判断するに「議論の本位」とは、「格差を受ける当事者がどう感じるか」である。論理的には正しいけれども点数は低くなると思います。「議論の本位」として資料1〜3で定義されていることが書いていないからです。総合政策学部 2007年問1でまとめているので確認してみてください。なぜなら資料は全て、格差自体を問題と思っているのではなく、格差を受けた当事者の心の持ちようを問題としているからだ。論理的にはきれい。例えば資料七・九がわかりやすいだろう。資料七は格差への対処文化が大事だとしているし、資料九は当事者の受け取り方で格差かどうか変わるとしている。一見わかりづらい資料八だが、セーフティネットが整備されても、格差自体が解消されないことを考えると、同様であるとわかるだろう。セーフティネットの目的とは、最低限の生活を送れるようにするだけではなく、上昇意識、つまり「まだ頑張れる」という心の持ちようの維持のためでもある。ここはこんな風に「分かりやすいもの」と「分かりにくいもの」に分けて書かなくてもいいです。文字数余るのであれば書いてもいいですけれどもね。だいたい「分かりやすいもの」と「分かりにくいもの」というのは、主観に過ぎないですよね。とんがり様の主観です。他の人からみたら全部かんたんかもしれませんよ。なぜなら、全ての○○は△△だからである。例えば、□□□□。と書いて総あたりで説明するのは一つの論じ方であり、正攻法です。ただ、こんな風に「わかりやすい」「にくい」に分類して、「主観」を入れるのはまとめかたとしてあまり好きではありません。このまとめかたは許容範囲だとは思いますけれどもね。以上より、「議論の本位」を格差を受ける当事者の心の持ちよう、とした。 これはあり。
では次に、検討すべき「議論の箇条」を述べる。どぞ。それは大きく二つある。これは分かりやすい。先にラベリングしてももちろんOK。一つは何故格差を感じているかだ。格差を感じる原因を社会構造など大きく分類できるはずだ。着眼点としてはいいと思います。もう一つは解決策の検討だ。セーフティネットや社会復帰できる社会的制度など、当事者の心の持ちようを維持する解決策を検討すべきである。 これも同様。このあたりはきれいですね。以上議論の本位を当事者の心の持ちようとし、議論の箇条を格差を感じる原因と解決策の検討の二点とした。ここまでしつこくまとめがなくてもいいと思いますが、ありだとおもいます。

問二
私は資料八、九の主張に賛成するが、資料七には賛成しない。
OKなぜなら後者は、「議論の箇条」である解決策の検討があいまいなためである。これはよいと思います。強いて言えば、後者は「資料7」と書きたいところ。「後者」と言われた時には、いったん後者とは何かを読み取りに戻らなければいけないので、書けるものならダイレクトに書いちゃいましょう。

あとは、問1で書いた「格差を感じる原因」の点でも論じられていたら完璧です。以下まず賛成する主張についての理由を述べた後、そうでない主張についての理由を述べる。 ここは若干意味がとりづらいです。ではまず賛成する理由について。うーん。SFC小論文で減点されるかどうかはさておいて、小論文なんですから「について。」と体現止めは避けた方が無難です。意味は通じますけれどもね。資料八では、実質的格差はそれほど広がっておらず、むしろ格差拡大感が広がっていると述べている。これは私の考える「議論の本位」と一致している。セーフティネットなど検討していることも、解決策の検討という議論の箇条と合っている。うーん。この書き方だと「解決策の検討」さえしてればなんでも賛成に見えてしまうかも。資料九では当事者の心の持ちようを問題とし、解決策として当事者同士の議論の場を提案していて、同様の理由で賛成できる。同上。別にいいんだけどね。
一方資料七に賛成しないのは、格差への対処文化を大事としてる点で議論の本位とは一致しているのだが、一方で解決策の検討はあいまいで、議論の箇条を満たせていないからだ。論理的には正しいかなぁ。

致命的なポイント
 ・問1・問2を通じて、議論の本位の読解ミス
 ・問2で、「格差を感じる原因」に触れられていない
 ・問1の前半不要部分を消して、必要な部分だけを「議論の本位」か「議論の箇条」の説明に用いること。
を守れば、この問題は合格点に近づくと思います。無駄な部分を除いたあとの構成が割ときれいなので矯正は楽なので十分試験に間に合うと思いますよ。まず、「設問」に書いてあることに対する答えをきちんと書いてください。時間は2時間でいい感じだと思います。


総合政策の小論って難しくないっすか?資料も多いし、設問もむずいし・・・何より書く量が多い!!!
かなりギリギリに書き終わったので、本番が不安ッす。
設問は難しいようで簡単なんですよね。この問題であれば「議論の本位」と「議論の箇条」を書け。問1をふまえて、「どの資料に賛成するか」(問1をふまえ=あなたの決めた「議論の本位」と「議論の箇条」の観点から)だけですから、そんなに複雑ではないですよ。上でも書いていますが、「設問に関係ないこと」を減らして設問の解答のみを書くようにしてください。

問1後半と問2は上で書いていることを除けばいい感じだと思いますよ。

んーセンター現代文で八割くらいです。
たぶんそこそこ通用すると思うので、資料の読解はしっかりがんばってください。どちらかといえば、ポイントだけをしっかり読み取ることで十分です。

英語が出来ません(六割くらい)!!もう持ってる過去問(20年分)といちゃって、これからどうしたらいいかわかりません!!
復習していけばだいじょぶっすかね
それだけ解いて平均6割ならなんとかなりそうですね。基本は過去問の復習です。できなかった問題と過去問で分からない単語を復習すれば6割5分(=残り10点分 設問にして3問程度?)なら十分に手が届くと思いますよ。書く年の問題を時間内で8割は超えられるようになるまでがんばってください。(もちろん、20年分全部は難しいかもしれないので、残り10年とか5年とか期間を決めて)

商学部と併願します!でも60時間くらいは割けると思います。
設問を意識して小論文を書いてください。小論文を書き終わったら設問にないことを書いていないかどうかを確認してください。設問通りに書く事が重要ですよ。

【添削】総合政策・2007年(ヤッチョ様)

小論文をご投稿いただきましたので添削します。
問1
私は格差社会について書いていこうと思う。まず議論の本位だが、「現代の社会において格差の影響を受けている人が前向きに生きれる社会をつくる」ことにある。
資料7では、戦後の高度経済成長で大衆の欲望がはてしなく解放され、ノン・エリート文化の中で中流意識が生まれたが、その後サラリーマン文化に吸収され、格差感がさらに広がってきたと述べている。その中で近年、豊かでなくとも自足的な新ノン・エリート文化が生まれつつとしているが、格差そのものはなくならないとしている。資料8では、格差は元々存在しているものとしつつも、格差感は広がっており、その是正について分析している。資料9では、格差が広がっているかどうかというより、若者をはじめ現代社会が格差を受け入れられるものでないという点を強調している。
以上の点から議論の箇条を考えると、「下層に位置し、格差社会の影響を受けている人を構造的暴力、社会システムによる格差から救うための具体策を検討する」ことが適当である。格差を感じている人は、個人の努力によるもの以外に弊害があって、自力ではうめられない差が存在しているような状況にある。その弊害が構造的暴力や社会システムの問題である。自分にはどうしようもない格差というのは存在を許されない。またそのような差を埋めることで、人々の格差による劣等感は収縮し、自分の人生を肯定的に捉えられるようになるだろう。では具体的にどういうことか。
教育の視点で考えてみる。教育においての構造的暴力や社会制度の問題は、例えば教育機会の不平等である。教育基本法に「全ての国民は等しく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会身分、経済的地位又は門地によって教育上差別されない」とある。現在では社会身分や性別などによる差はほぼないものの、親の経済力による差は生まれている。親が低所得だった場合、その子供にかける教育費は低くなり、それが子供の学力に影響を及ぼすことになる。そのような不平等をなくすために、社会制度がある。例えば子供の人数によって基準を設け、親の収入の不足分を支給する。平等なら子供も条件上の引け目は感じないだろう。
このように平等な機会や権利を与えることで、生まれながらの格差は無くなる。

問2
私は資料8の主張に賛成する。資料7では生まれながらにしての格差は存在するとしている。それは構造的暴力、社会制度の格差の問題であり、「議論の箇条」と相入れない。また資料9の主張は明確ではあるが、原因の記述、結論が不十分であって「議論の箇条」に繋がらない。一方資料8では、人々が格差を感じている理由として?将来における格差拡大予想の現代への影響?デフレの影響?税制改革の影響?情報の歪みといった点を具体的に挙げており、また格差の現状とその対策をしっかり述べている。
セーフティネットが整備されることは、人間の生まれながらの格差を収縮するのに貢献する。そこから経済的引け目も感じなくなるだろう。あるいは、教育の機会均等が成されれば、自分の努力以外の格差はほぼなくなっていくだろう。平等な教育の下で、子供が自分の伸ばしたい能力を決定し、また好きなだけ伸ばすことで生まれる差は、格差感を感じないものであり、それどころか自分の人生を肯定的に捉えられるものである。以上のように資料8はl、格差社会の現状を述べ、解決策も論じ切る有益な資料である。

総括

とりあえず設問をしっかり読んでください。いろんな方の答案に何度も書いていますが、聞かれてもいないことを論じることに意味はありません。無駄です。あと、読解力がない気もします。現代文の偏差値がコンスタントに60を超えてるような方の答案には見えません。読解力を鍛えてください。論ずる必要もなく、4割程度の答案と思った方がいいと思います。

問1の詳解

私は格差社会について書いていこうと思う。これはいりません。別途回答欄があるので。あと「書いていこうと思う。」は、入試小論文としてはイマイチです。「書く。」で十分。まず議論の本位だが、「現代の社会において格差の影響を受けている人が前向きに生きれる社会をつくる」ことにある。議論の本位については、過去分(これとかこれとか)の解説をみてください。今のままの答案でも読み取れないことはないですが、個人的にはもう少し資料1〜3に沿った書き方が好みです。
資料7では、戦後の高度経済成長で大衆の欲望がはてしなく解放され、ノン・エリート文化の中で中流意識が生まれたが、その後サラリーマン文化に吸収され、格差感がさらに広がってきたと述べている。その中で近年、豊かでなくとも自足的な新ノン・エリート文化が生まれつつとしているが、格差そのものはなくならないとしている。資料8では、格差は元々存在しているものとしつつも、格差感は広がっており、その是正について分析している。資料9では、格差が広がっているかどうかというより、若者をはじめ現代社会が格差を受け入れられるものでないという点を強調している。ここまでの要約の意味や必要性がわかりません。あと、ほとんど要約になっていません。要約するにしても、もう少しまともに要約をしてください。以上の点から議論の箇条を考えると、「下層に位置し、格差社会の影響を受けている人を構造的暴力、社会システムによる格差から救うための具体策を検討する」ことが適当である。いろいろと言いたいことがありますが、「格差」を「構造的暴力や社会システムによる格差」として存在することを前提に、それを是正するための「具体策」を論点としています。要は「論点」として「具体策」をあげています。この点は気になりません。ただし、「社会システム」はまだしも「構造的暴力」が何かがよくわかりません。(小論文中でよくわからない言い回しを突然使うのは言葉の暴力ですよ 笑)。そして、とりあえずこの前の要約部分が、この「議論の箇条」を導く理由になっていることがわかりますが、なぜそういう結論になったかが読み取れません。格差を感じている人は、個人の努力によるもの以外に弊害があって、自力ではうめられない差が存在しているような状況にある。これは、資料中にもあり、そこまで違和感を感じません。これは、その弊害が構造的暴力や社会システムの問題である。これは、意味が読み取れません。「構造的暴力」や「社会システム」が何かがわからないからです。自分にはどうしようもない格差というのは存在を許されない。書くとしたらこれは「議論の本位」でしょう。「箇条」にしてもいいですが、いずれにせよここに突然書くような内容ではないです。またそのような差を埋めることで、人々の格差による劣等感は収縮し、自分の人生を肯定的に捉えられるようになるだろう。これは多少マシです。では具体的にどういうことか。なぜここで論を展開するかが不明。具体的に語る必要は何もないです。
教育の視点で考えてみる。この「教育」は「議論の本位」なのか「新たな議論の箇条」なのか、どちらですか?どちらでもないのであれば、無駄なことは書かないでおきましょう。設問にないことをいくら答えても合格しません。教育においての構造的暴力や社会制度の問題は、例えば教育機会の不平等である。教育基本法に「全ての国民は等しく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会身分、経済的地位又は門地によって教育上差別されない」とある。本番でこの引用を書けるのであればすごいのですが。またこういったトーンで書きたいのであれば、「権利」についてもう少し学習した方がよいかと。現在では社会身分や性別などによる差はほぼないものの、親の経済力による差は生まれている。親が低所得だった場合、その子供にかける教育費は低くなり、それが子供の学力に影響を及ぼすことになる。これって上の教育基本法の引用のどこと関係していますか?まさか、「経済的地位」ではないですよね?そのような不平等をなくすために、社会制度がある。例えば子供の人数によって基準を設け、親の収入の不足分を支給する。平等なら子供も条件上の引け目は感じないだろう。すでに似たような制度はありますし。現在の義務教育自体非常に安価に受けられますよ。義務教育ですらまともに受けられない家庭には、「生活保護」などで義務教育を受けられる程度には経済的に守られるはずですが。このように平等な機会や権利を与えることで、生まれながらの格差は無くなる。だからどうしたんですか、と言いたくなります。ここで「格差」をなくすことについて、「議論せよ」とは言われてませんよね?結局、「教育の視点で考えてみる。」〜「格差は無くなる。」までは無駄な文章です。書くだけ無駄です。設問で問われていることを書きましょう。

問2の詳解

私は資料8の主張に賛成する。ここまではOK。資料7では生まれながらにしての格差は存在するとしている。それは構造的暴力、社会制度の格差の問題であり、「議論の箇条」と相入れない。意味がわかりません。「議論の箇条」と相いれないのであれば、それは問1で設定した「議論の箇条」が間違っているのでは?ここはもう少し具体的に言わなければ何を言いたいのかがわかりません。また、「構造的暴力」や「社会システム」を定義しないと言いたいことが不明です。これは問1と同じく。また資料9の主張は明確ではあるが、原因の記述、結論が不十分であって「議論の箇条」に繋がらない。これもよくわかりません。一方資料8では、人々が格差を感じている理由として?将来における格差拡大予想の現代への影響?デフレの影響?税制改革の影響?情報の歪みといった点を具体的に挙げており、また格差の現状とその対策をしっかり述べている。まぁ、これはよしとしましょう。セーフティネットが整備されることは、人間の生まれながらの格差を収縮するのに貢献する。そこから経済的引け目も感じなくなるだろう。これは暴論。資料8での「セーフティネット」は資料上規定している通り、「絶対的貧困」に対する「セーフティネット」です。「相対的貧困」は解決しません。だから、「引け目」という相対感を感じなくなる、というのは暴論です。例えば、セーフティネットとして絶対的貧困(定義は難しいですが)者に対して義務教育全部無料化したとします。それでも、「持ち物」や「服装」に貧富による差はあらわれます。それに対する引け目は感じるはずでしょう。あるいは、教育の機会均等が成されれば、自分の努力以外の格差はほぼなくなっていくだろう。これは、ありにしておいてもいいかもしれませんが。これは何に対する「格差」かは不明。平等な教育の下で、子供が自分の伸ばしたい能力を決定し、また好きなだけ伸ばすことで生まれる差は、格差感を感じないものであり、それどころか自分の人生を肯定的に捉えられるものである。本当に?経済的格差を気にする必要がない状況で、子供が野球選手を目指して努力しまくれば、結果はどうあろうと格差感は感じず、自分の人生を肯定的にとらえられる、ということでしょうか?イマイチ納得感がない気が。以上のように資料8はl、格差社会の現状を述べ、解決策も論じ切る有益な資料である。この結論も意味不明。設問で尋ねられているのは、どの資料に「賛成するか」です。この書き方では、現状・解決策(+原因)を全て論じているから、賛成している、というように見えてしまいますが。

今後の勉強方針

とりあえず「読解力」が全てです。「設問」に「合わせた答え」を書ける程度の読解力を身につけましょう。それが最低限です。

(SFCが第一志望だったり、します??挑戦校にしたい、ってぐらいの志望度であることを祈ります・・・。たぶん、このレベルでは、危険域だと思います。一問だけじゃ何とも言えませんが。もし、まだみていらっしゃったら現代文の偏差値あたりを参考に書いていただけると助かります。)

【添削】総合政策・2007年(崖っぷち様)その2

もう一度書き直してみました。今回は問1、2両方で2時間以内でした
添削お願いします。
問1
格差社会における議論の本位は、格差を感じている若者を取り巻く意識や社会状況をこのままにはできないという点にあると考える。その理由として、異なる論を展開しているように思える資料4から6について、格差自体が悪いのではなく、希望を持って生き抜くことが満足感を生み出すという点においては意見の一致が見られるからである。つまり、共通して格差自体は無くすことができないが、小さくしていくことの重要性を訴えているのである。
現代社会でも、非正規労働者数は増加傾向にありますます、正規雇用者との格差は大きくなっている。しかし、その一方で正規雇用者数が減少傾向にある。このような状況の中ではまともな職を探すことは難しく、もし見つけられたとしても企業側の手当てが薄く、仕事に対する満足感を覚えられない若者が生まれる。このまま労働力が低下し続ければ、国民一人当たりの負担も増加することが考えられる。そして、この状態が継続すれば日本経済にも大きな影響を与え、最低限の生活も捕食できなくなってしまうことが十分に考えられる。そうさせないためにも、若者の教育制度を見直す必要性がある。例えば、小学校教育や訓練の見直しが挙げられる。青少年時代の段階において貧富の差に関係なく、自分がやりたいと思えることを見つけさせ、それを教育で支えることが現代の若者に自身と満足感を持たせられることにつながるからである。なぜならば、人生のスタート時において平等のチャンスを与えることが、格差を小さくすることに貢献できると考えたからだ。
以上のことから、議論の箇条は格差自体をなくすことではなく、小さくできる方法の検討にあると考える。教育を見直し、全員に平等なチャンスを与えることで格差を少しずつ地締めていくことが何よりも重要である。

問2
私は資料7から9のうち、資料8に賛成である。なぜならば、資料8では各社社会を重要な問題であると位置づけ、人生のスタート時において格差を小さくすることが重要であると述べており、その対策として教育の見直しを挙げているからだ。教育の役割は大きいとも述べている。しかし一方で資料7と資料9は、原因の分析が行われている資料8とは異なり、そう対応していくのかが具体的に示されていない。例えば、資料7では新たなノン・エリート文化を受け入れることが重要だとしているがその内容に関しては触れていない。また、資料9では若者の意識に触れているだけである。
青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育は、全員に平等のチャンスを与えられる。教育においても貧富の固定化がみられ、貧しい家庭で育った子供は高度な教育を受けられない。そのまま成長すれば当然、就ける職業にも限界があり格差を広げる原因になりえる。人生のスタート時を平等にすることが格差を小さくすることにつながると考える。
格差社会における議論の本位は〜小さくしていくことの重要性を訴えているのである。ここまでは、とりあえず「よし」にしておきましょう。理由付けは若干薄いと思っていますが。現代社会でも、非正規労働者数は増加傾向にありますます、と文章を書いていますが、これは「何について書きたい」んですか?意味がわかりません。

もっとも、さすがにそこまでいうと嘘ですが。なぜならば、文章の構造が明示してあるからです。「現代社会でも、非正規労働者〜考えたからだ。 以上のことから、議論の箇条は」まで読めば、「議論の箇条の理由」→「議論の箇条」という構造が見て取れます。つまり、間の長い部分は、「議論の箇条は、」以降を説明するための「理由」になっています。こういう場合に、なぜ『議論の箇条は○○である。なぜならば、』と先に書いてしまわないのかが理解ができません。後ろの「議論の箇条は」までたどり着くまでに、どれだけ時間がかかるのでしょう。「段落」を無視すると、現代社会でも、非正規労働者数は増加傾向にありますます、以降は、「議論の本位」の「言い換え」あるいは「理由」なのか、「議論の箇条」の「言い換え」あるいは「理由」なのかがよくわかりません。まずは、設問で聞かれたことに答えた上で、「言い換え」か「理由」で補強していきましょう。正規雇用者との格差は大きくなっている。しかし、その一方で正規雇用者数が減少傾向にある。ここまでは事例ですね。「例えば」を入れたいところです。間の「しかし」は単なる逆説よりは「対比」のため「一方」の方がきれいでしょう。減点にはなりませんけれどもね。このような状況の中ではまともな職を探すことは難しく、もし見つけられたとしても企業側の手当てが薄く、仕事に対する満足感を覚えられない若者が生まれる。ここは論じ方が足りない部分です。「まともな職」の意味が分かりませんし、「手当が薄い」のあたりもよくわかりません。ちなみに「まともな職」=「正規雇用」と文脈で読めますけれどもね。さすがに「正規雇用」=「まとも」、「非正規」≠「まともではない」は言い過ぎでしょう。このまま労働力が低下し続ければ、国民一人当たりの負担も増加することが考えられる。突然「負担」の話になっていますが、何の話なんでしょう?そして、この状態が継続すれば日本経済にも大きな影響を与え、最低限の生活も捕食できなくなってしまうことが十分に考えられる。ここで「補食」はちょっと...減点されてもおかしくはないでしょう。1点ぐらいでしょうけれどもね。タイポならすみません。そうさせないためにも、若者の教育制度を見直す必要性がある。ここで主張が出てきました。例えば、小学校教育や訓練の見直しが挙げられる。「例えば」で前の「若者の教育制度」の見直しを詳述しています。青少年時代の段階において貧富の差に関係なく、自分がやりたいと思えることを見つけさせ、それを教育で支えることが現代の若者に自身と満足感を持たせられることにつながるからである。接続詞がないですが、「から」とあるので「理由」でしょう。「若者の教育制度」が「有効」であることを理由付けする部分です。なぜならば、人生のスタート時において平等のチャンスを与えることが、格差を小さくすることに貢献できると考えたからだ。 理由にさらに理由が来ているので文章として変ですね。前の文章の言い換えとみるべきでしょうか?以上のことから、議論の箇条は格差自体をなくすことではなく、小さくできる方法の検討にあると考える。ようやく「議論の箇条」が何かがわかりました。教育を見直し、全員に平等なチャンスを与えることで格差を少しずつ地締めていくことが何よりも重要である。 タイポは無視して、この文章は何ですか?有料なので無理強いはしませんが、ブロマガの「設問の分析」と「小論文の構成」を5回ぐらい読み直してください。「特講第3課 「厳密な意味での設問文」から「設問の分析」へ」と「特講第4課:小論文の構成・「縦の糸」から「横の糸」へ」です。この中で「【SFC小論文の絶対ルール】ルール1」として書いていることに違反しています。

「論点」とは

議論の箇条=論点であることは、すでに前回説明しました。「論点」については、辞書を引いてみましょう。
ろん‐てん【論点】 議論の中心となる問題点
デジタル大辞泉より抜粋
ここから考えると「論点」には少なくとも「意見の対立」が必要です。なぜならば、「議論の中心」だからです。同じ意見同士であれば、議論になりませんよね。「比較」も「議論」も同じなのですが、「同じ土俵の中での相違」がポイントになります。そして、「論点」とは「同じ土俵」を指します。格差自体をなくすことではなく、小さくできる方法の検討と書いてある部分は「小さくできる方法」に複数のパターンが考えられるので「論点」として成立しています。一方で、教育を見直し、全員に平等なチャンスを与えることで格差を少しずつ地締めていくことが何よりも重要である。の部分は「何よりも重要」と書いて限定していることなどから「論点」にはなりえません。これに関してあなた自身は「絶対の自信」を持っていますから。よって、この部分は書くだけ無駄です。このあたりの読解は国語力の問題ですのでがんばってください。

ちなみに、小論文全体を見渡すと、問2で「あなたの意見」を問われますので、「問2」で主張すればいいことを「問1」で主張してしまっていることになります。それは「教育」というテーマを問2で出せ、という意味ではなく、この「論点」ならば、問2で出さざるを得ない、というだけです。例えば「議論の箇条」を「格差の生じる時期」「格差の生じる時期における平等性」そして「平等を保つための教育の方法」などとすれば、「教育」を「論点」とすることも可能です。もちろん、「機会の平等としての教育の方法は何よりも重要」と書いてはダメですよ。

ただし、現在の書き方では、「教育」について触れた部分は全て「論外」で採点対象になりません。何を指しているかがわからないので。「論点」ではありませんからね。「論点」に対する「あなたの意見」を書いているだけですから。

問2

私は資料7から9のうち、資料8に賛成である。問題なし。私ならば、字数を気にして「資料8に賛成する。」としますが。なぜならば、資料8では各社社会を重要な問題であると位置づけ、人生のスタート時において格差を小さくすることが重要であると述べており、その対策として教育の見直しを挙げているからだ。ここもこれでいいと思います。正確には、問1の「議論の本位」と「議論の箇条」との対応をもう少し意識した方がよりよくなると思います。教育の役割は大きいとも述べている。この文章は不要では?書いてもいいですけれどもね。しかし一方で資料7と資料9は、原因の分析が行われている資料8とは異なり、そう対応していくのかが具体的に示されていない。ここで反論は全て「議論の本位」と「議論の箇条」を意識すべきでしょう。そうしなければ、その前の部分がまぐれあたりに見えてしまいます。例えば、資料7では新たなノン・エリート文化を受け入れることが重要だとしているがその内容に関しては触れていない。これに関しては資料7は「方法が記載されていないからダメ」と書いていますが、「格差自体をできるだけ小さくする方法ではなく、格差を受け入れる方法であること」が問1で示した「論点内」での問題点でしょう。また、資料9では若者の意識に触れているだけである。 ここも言葉足らずです。これこそ、「方法が記載されていないからダメ」と書いた方がよい部分では?青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育は、全員に平等のチャンスを与えられる。教育においても貧富の固定化がみられ、貧しい家庭で育った子供は高度な教育を受けられない。そのまま成長すれば当然、就ける職業にも限界があり格差を広げる原因になりえる。人生のスタート時を平等にすることが格差を小さくすることにつながると考える。反論の余地はあるものの、こんなものでしょうか。「青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育は、全員に平等のチャンスを与えられる。」は論理がよくわかりません。また、後ろの文章で書いてあるとおりに「教育においても貧富の固定化がみられ、貧しい家庭で育った子供は高度な教育を受けられない。」のであれば、「青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育」を子供は受けられないままです。つまり、「青少年時代に平等な教育を受けられること」と「その教育の中身」がそろわなければ問題は解決できません。書き方次第でもう少しまともに見えると思いますよ。
青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育は、全員に平等のチャンスを与えられる。現在の教育方法では、貧しい家庭で育った子供は高度な教育を受けられず、就ける職業にも限界があり格差を広げる原因になりえる。だからこそ、人生のスタート時を平等にすることが格差を小さくすることにつながると考える。
ぐらいにすれば多少はましですね。「青少年時代において自分がやりたいと思えることを自ら発見させる教育は、全員に平等のチャンスを与えられる。」の部分の「うさんくささ」は拭えませんが。

別のコメントへのご回答

2つほどコメントをいただいているので、
どのようにして論理を展開していけばいいのか、いまだに悩んでいる部分も少なくありません。
その結果が、これでした。
いろはさんなら、格差社会をテーマにどう論理を展開しますか??
というご質問です。逆説的ですが、この問題の場合、まず「格差社会」という言葉をできるだけ意識から外します。各資料は全て「格差」の定義が微妙に違いますし、問われているのは「格差社会」というテーマでまとめられてるこういった事実をどのように料理していく?ということですから。ですので、「議論の箇条」としては「格差とは何か」や「その格差は縮める必要があるか」「どうやって縮めるか」などにすると論じやすいでしょう。
最初から書き直そうと思い、初めて見ましたがうまく書けません。
格差社会における価値観が何なのかいまひとつ理解できていないからです。 どうすればいいのでしょうか??
端的に言えば、「あなたは格差社会はよいと思うか、悪いとおもうか、そしてそれはなぜか」それが答えです。理解するようなものではなく、あなた自身が考えることです。教科書や資料文から答えを読み取るものではありません。「資料文を読んで、あなたはどう考えましたか?」が答えになります。それは「格差社会はいやだな」という「子供っぽい答え」でも構いません。何も感じない人やただ読解だけして「いろんな意見がある」と結論づける人よりよっぽどましです。「価値観を持つ」とは、「誰かの意見に賛成する」に近しいところもあるので、資料のうちどれかに賛成ならば、その資料の「価値観」を明確化すれば、それがあなたの価値観になります。「どれもなんかヤダ」ではさすがにダメですけれどもね。あとは、「なぜそう感じたのか?」を突き詰めていけば、答えに近いものが出てきます。難しいかもしれませんが。

【添削】総合政策・2007年(崖っぷち様)

添削お願いしようとおもったのですが、どこに書けばいいのかわからなかったので、ここに失礼します。
どこにでもいいので適当にコメントください。管理人のみ閲覧可ではなく、全体に共有する形で書いていただけると助かります。
所要時間:3時間
問1
一見、異なる論理を展開しているように思える資料だが、格差はすでに存在していて、それ自体が悪いのではなく希望を持って生き抜くことが満足感を生み出すという点においては一致している。資料7では、格差社会の中で新たに誕生した新ノン・エリート文化により自分の居場所に誇りを持つ、矜持ある文化が芽生えたとある。資料8では、人生のスタート時の格差を小さくするための教育が必要だとしている。資料9では、格差の議論よりも許容しがたい状況に陥っている人たちの対応を考えることが重要だとしている。どの資料も共通して、格差自体をなくすことはできないが、小さくすることの重要性を訴えており、議論の本位は格差の有無ではなく、格差を感じている若者を取り巻く意識や社会状況をこのままにできないという点にある。
社会的立場で言えば最下流に当たる人々が、戦前の日本のように生き抜くことのできる対策を練ることが議論の箇条だ。そのためにはまず、教育の改善が必要であり、とくに自己啓発を重要と考える。なざなら、青少年時代の段階において貧富の差に関係なく、自分がやりたいと思えることを見つけさせ、それを支援できる仕組みや制度を検討していくことが、現代の若者たちに自身を持たせることにつながるからだ。戦前の、大の字がつくほどの格差社会であった日本で生き抜くことができたのは、働くことへの満足感があったからだ。例えば、本人が就きたくない職に身をおくことになれば、当然、仕事に対する満足感を覚えられず、努力することの糸口がつかめない方向に追いやってしまう。これが原因で職を離れ、フリーターへと転職する若者が増えたのだと考えられる。自分で選んだ職であれば、経済的豊かさにつながらなくても、自分が選んだ道なのだからと肯定的に捉えることができる。
経済的に裕福である人々との格差を生めることはできないが、小さくすることは可能である。若者が生きていく意味を、経済的豊かさに求めるのではなく、自分が選択したのだからと本人が納得できるようになれば、途方にくれることも、努力することの糸口さえもつかめない状況には陥らないのである。
問1:まず「少子化」(A)、あるいは「格差社会」(B)、どちらかのテーマを選択し、選択したテーマの記号(AあるいはB)を、解答欄冒頭に与えられたカッコ内に記しなさい。
次に選択したテーマを論ずる3つの文章の内容を分析し、当該テーマを論ずる際の「議論の本位」は何か、また「議論の本位」を定めたうえで(あるいは定めるために)、検討すべき主たる「議論の箇条」は何か、あなたの考えを1000字以内で記しなさい。
問1の設問の分析は「総合政策学部 2007年問1」を見ておいて下さい。要はこの問題では「議論の本位」と「議論の箇条」を論じていればよいわけです。

議論の本位
資料1では「相対して重と定り善と定りたるもの」を議論の本位としています。資料2では、諭吉のいうことはあいまいだけれども、「問題を正しく設定する」が「重と定り善と定りたるもの」になり、「意見を異にする者の「議論」に合意を作り出す」が「相対して」に対応しているのでしょう。資料3では、「○○のため」という観点を「重と定り善と定りたるもの」とし、それが対立する様を「相対して」に対応させています。要は「議論の本位」として「対立する価値観についてどちらが重要か」を示せばよいことが分かります。「合意」を小論文で作り出すのは難しいので、どちらか一方に決める、という観点で事足りるでしょう。

「議論の箇条」は資料文中に明示した文章がないため、
なお「議論の箇条」を、「争点」あるいは「論点」と読みかえてもかまいません。
という指示に素直にしたがいましょう。

つまり、この問題は「対立する価値観について、どちらが重要か」を示す。そして、その「争点」「論点」について「あなたの考え」を記す問題です。

詳解

一見、異なる論理を展開しているように思える資料だが、格差はすでに存在していて、それ自体が悪いのではなく希望を持って生き抜くことが満足感を生み出すという点においては一致している。資料7では、格差社会の中で新たに誕生した新ノン・エリート文化により自分の居場所に誇りを持つ、矜持ある文化が芽生えたとある。資料8では、人生のスタート時の格差を小さくするための教育が必要だとしている。資料9では、格差の議論よりも許容しがたい状況に陥っている人たちの対応を考えることが重要だとしている。どの資料も共通して、格差自体をなくすことはできないが、小さくすることの重要性を訴えており、議論の本位は格差の有無ではなく、格差を感じている若者を取り巻く意識や社会状況をこのままにできないという点にある。いつもなら一行一行見ていくんですが、まとめて見てしまいましょうか。

共通点を示す→資料7→資料8→資料9→共通点を再度示す+議論の本位

という構成です。ここまで読むとそこそこきれいにまとまっています。国語の先生ならば、そこそこいい点数をつけるかもしれません。でも、ここでやっているのはただの資料の「まとめ」です。この問で、きちんと「資料のまとめ」ではなく、「あなたの考え」を書くべきところです。「SFC小論文だから、特別に自分の考えを示せ」と言っているわけではありません。「設問にきちんと答えて下さい」と言っています。その意味で、ここから、ここまでは、0点をつけたいところです。もっとも、そこそこまとまっているので、「0点」ではないでしょうけれども、合格に必要なだけの点数はつかないかもしれません。
問2:問1で考察した「議論の本位」と「議論の箇条」を踏まえ、選択したテーマを論ずる
3つの文章のうち、どの文章の主張にあなたは賛成するか、(あるいはいずれの主張にも賛成しないか)、その理由を含め、500字以内で記しなさい。
が問2なので、問1で述べた中に、あなたの意見が述べられていないと、そもそも論じることが難しくなります。どの資料も共通して、格差自体をなくすことはできないが、小さくすることの重要性を訴えており、議論の本位は格差の有無ではなく、格差を感じている若者を取り巻く意識や社会状況をこのままにできないという点にある。の文章は、長いので切ってしまいましょう。「どの資料も共通して、…おり、議論の本位は…という点にある」という文章では、「あなたの意見」を述べたようには見えません。私は先に言いたいことを書く書き方が好きなので、

議論の本位は、格差の有無ではなく、格差を感じている若者を取り巻く意識や社会状況をこのままにできないという点にあると考える。その理由に、異なる論理を展開しているように思える資料4〜資料6について、格差はすでに存在していて、それ自体が悪いのではなく希望を持って生き抜くことが満足感を生み出すという点においては意見が一致することが挙げられる。資料7では、格差社会の中で新たに誕生した新ノン・エリート文化により自分の居場所に誇りを持つ、矜持ある文化が芽生えたとある。資料8では、人生のスタート時の格差を小さくするための教育が必要だとしている。資料9では、格差の議論よりも許容しがたい状況に陥っている人たちの対応を考えることが重要だとしている。つまり、どの資料も共通して、格差自体をなくすことはできないが、小さくすることの重要性を訴えているのである

こうすると論理構成ははっきりします。論理構成としては「異なる意見の中で共通している点であるから、議論の本位である」という「理由付け」であり「帰納法」に近い論証方法になりますが、「あなたの考え」として成立します。文章のつながりが悪いのでちょこちょこと表現を変えたところもあるので軽く相違点を見てみて下さい。注目すべきは「つまり、」以降です。「議論の本位」とは、「対立する価値観についてどちらが重要か」を示すことですが、冒頭の文章ではそれが読み取れません。各資料の共通点を最後に「つまり、」で換言した部分で「重要性」に言及しているので「この答案は辛うじて「議論の本位」を述べたものとして成立している」、ということに注意が必要。私ならば、1文目を「議論の本位」そのものの定義に合わせて書いてしまいますが。

ここからは一文一文読んでいきましょうか。社会的立場で言えば最下流に当たる人々が、戦前の日本のように生き抜くことのできる対策を練ることが議論の箇条だ。出だしとしては、「あり」だとは思います。けれども、多少の補足をしておきます。まず社会的立場で言えば最下流に当たる人々が、の部分が曖昧すぎてよく分かりません。「論点」や「争点」なので明確に書くべきです。「論点」や「争点」として、「格差の低い側に着目する」と述べているのではなく「格差の低い側の中でも、さらに低い側に着目すべきだ」というようにしか読めませんよね。「最下流」と表現しているのですから。だから、「それがどういう人たちで、なぜそれを(格差の低い側の中でも、比較的普通に近い側の人たちではなく)格差の低い側の中でも、さらに低い側に着目すべきだ」と主張するのかは補足しておきたいところ。戦前の日本のように生き抜くことも曖昧。後半で「自分で選んだ職であれば、経済的豊かさにつながらなくても、自分が選んだ道なのだからと肯定的に捉えることができる。」とある部分があたかも「戦前の日本のように生き抜く」を指すようにみえてしまいますが、「戦前の日本」はいま以上に「自分で選んだ職」を選べないものと考える方が普通ですので、論理矛盾が生じてしまいます。そのためにはまず、教育の改善が必要であり、とくに自己啓発を重要と考える。ここは意味不明です。「議論の箇条」=「論点」「争点」を述べるべき場所なのですが、これが「議論の箇条1」「論点1」を補強するものなのか、「議論の箇条2」「論点2」なのかがはっきりしません。文脈からは「議論の箇条1」を補強しているのでしょうが、そうなるとこの教育は特に「格差の低い側の中でも、さらに低い側」に対処するもので、それが「戦前の日本のように生き抜くことのできる対策」である必要があります。けれども、以降でそれを想定させる内容が出てきません。なざなら、青少年時代の段階において貧富の差に関係なく、自分がやりたいと思えることを見つけさせ、それを支援できる仕組みや制度を検討していくことが、現代の若者たちに自身を持たせることにつながるからだ。また、タイポは無視しておいて、このうち「教育」という言葉の言い換えが「自分がやりたいと思えることを見つけさせ、それを支援できる仕組みや制度を検討していくこと」なのであれば、もう少し説明が必要でしょう。そうでないのであれば、そもそも「教育」に限るべきではなく、単に「若者支援」と書くべきです。戦前の、大の字がつくほどの格差社会であった日本で生き抜くことができたのは、働くことへの満足感があったからだ。これを主張したいのであれば、「資料7への反論」は不可欠。なぜならば、資料7において「努力によって立身出世できるという希望があったからだ」と明確に述べているため。例えば、本人が就きたくない職に身をおくことになれば、当然、仕事に対する満足感を覚えられず、努力することの糸口がつかめない方向に追いやってしまう。この価値観自体は本来新しい現代の物として取り扱うべきでしょう。これが原因で職を離れ、フリーターへと転職する若者が増えたのだと考えられる。自分で選んだ職であれば、経済的豊かさにつながらなくても、自分が選んだ道なのだからと肯定的に捉えることができる。多少言葉足らずではありますが、この2文の中だけの論理の流れとしては理解できます。但し、これは「格差が拡大する」「格差を小さくする」とは別の「何か」を重要視する、ということであり、前半の「議論の本位」と矛盾します。その意味で、あまり意味のない文章です。だから、全体の流れから考えると論理的ではありません。経済的に裕福である人々との格差を生めることはできないが、小さくすることは可能である。さっそく1文前と矛盾しますよね。若者が生きていく意味を、経済的豊かさに求めるのではなく、自分が選択したのだからと本人が納得できるようになれば、途方にくれることも、努力することの糸口さえもつかめない状況には陥らないのである。この文章は何をしたいのかが分かりません。「議論の本位」または「議論の箇条」との関係はいったいどこにあるんでしょうか。全体のまとめっぽくはありますが。

総括

問2がないので採点はできませんが、総じて得点は低いでしょう。時間も問1だけで3時間もかかっているので完全に時間オーバーです。文章自体はそこそこ読めるので
 ・多少の論理力はある
 ・あるいは知識で無理矢理読ませている
のだと思います。けれども、「設問に対する答え」になっていません。いろんな方に毎回同じことを書いていますが、小論文は「言いたいこと」を相手に伝えることが最低条件です。もし、あなたの好きな人が「好きです。私・僕とつきあってもらえませんか?」と言ってきた場合に、あなたがすべき答えは「Yes」です。「はい」でも「OK」でも「Sure」でも何でもいいんですが、それは「Yes」を意味する答えであるべきです。「好きです。つきあってもらえませんか?」という質問に対して「今度花火に行こうね」という返事は本来であれば成り立ちません。小論文の設問で尋ねられているものが「議論の本位」や「議論の箇条」であるのなら、それそのものを答えましょう。他のものは必要ありません。

もし、どうすれば分からないのであればブロマガのうち第1課から第4課を読んで下さい。ブロマガ内では、「設問の分析」をどのように行うか、そしてそこから「小論文の構成」へどうつなげるか、というテクニック・つまりは手の動かし方を書いています。それさえ分かれば多少は時間の短縮が図れるはずです。ここでいう時間の短縮とは、
 ・問題を解く時間を2時間以内におさめる
 ・試験本番までにより速く習得できる
という二つの意味です。

ご回答:2007年小論文(一部)

コメント欄にいただいた小論文に対して少しづつ解説を加えていきたいと思います。なお、いただいた小論文をもとに記事を書く事は許可をいただいていますので順に引用していきます。また、細かめに解説をしていくので、いただいた文章が合格及第点に達していない、達している、という判断をしているわけではありません。
(一度に全て解説を書ききれないので、1週間程度で順次書いていくことにいたします。ご了承ください。)
「少子化」について論ずる際に定めるべき「議論の本位」とは、子供を生みたがらない国民に対して、国がどのように出生率低下を食い止められるかどうかである。
冒頭部分です。この部分は全体的に「絞りきれていない」と思います。「国民」…「子供を産みたがらない」=「子供を産むことはよいことではない」という国民の部分の価値観はOKとしましょう。けれども、「国」は「出生率低下を食い止める」とありますが、「国」にとって、「出生率低下の阻止はよいこと」かどうか、これは議論の余地があります。私が自分で書いた文章中では、必要な社会基盤の維持と書きました。国にとっては、子供の数が増えようが減ろうがどうでもいいはずです。国は「国民全体にとってよいこと」をすることを善とするわけですから、「出生率低下の阻止」が「国民全体にとってよいこと」と必ずリンクするのであればよいですが、中国の一人っ子政策からもわかるように必ずしもそうなるわけではありません。この部分はもう少し改善の余地があると思います。
 現在の不況の中で、国民は子供を生むことにあまり積極的ではない。なぜなら、出産から親元を離れるまでの約20年間で、約1000万円がかかると言われているからだ。
この部分は「論理的」ではありません。もし、書き換えるのであれば「子供に費用がかかるからだ」等になります。「1000万円は大金である」という価値観が共有されている場合のみ、「約1000万円がかかる」という事実が、「子供を産むことにあまり積極でない」理由となりえます。
よって、子だくさんで家庭が苦しくなるよりは、子供の人数は少なく、または産まずに、楽に豊かな生活をした方が良いと考える人が増えてきている。従って、かつての日本のような、子供が一家庭に3人や4人といった状況は、現在ではまれになっている。
このあたりは、そこまでつっかからずに読めます。あえて反論するとすれば、通常貧困地域では「子供をたくさん産む」ことにより、一時の貧困を回避します(例:アフリカ)。だからこそ、中国の一人っ子政策のようなものが意味を持つわけです。それと記載いただいている文章間の逆説的な部分は考えてみた方がいいかもしれません。
また、現代人のライフスタイルの変化により、独身でも良い人が増加している。この場合も、育児費がかからないばかりか、配偶者のことも考えなくて良いため、支出が抑えられ、豊かに生活をすることができる。このように、現代人は子供を産むことに前向きでない。
ロマンチストな反論をすると、独身であっても恋愛はするので、配偶者はいなくとも異性に対する支出は存在します。逆に、配偶者に対して使うよりも多くのお金を使うことのほうが多いかもしれません。そもそも、ここで費用の話をしていますが、ここで費用の話は無関係です。「独身でも良い」と思うのは、ライフスタイルの変化が原因であり、「費用を減らしたい」という気持ちが理由になっていないからです。

ここまでの部分ですが、要は
「国民は子供を多く産むのを避ける傾向にある。理由としては大きく「費用の問題」と「価値観の変化」があげられる。」
ということだけです。あとは、これをどう膨らませるかです。

投稿いただいた方の文章は一部論理的ではありません。
「なぜなら」のあとがただの事実を述べているだけに留まっていたり、「独身」とは「関係のない」費用の話をしたりしているからです。小論文の時間はたった二時間しかありませんので、全てを論理的に整合した文章を書くのはかなり難しいです。だから少々論理的におかしな部分があっても致命的ではありませんが、減点などを避けるためにももう少し論理は意識したほうがよいかもしれません。

後半部分いきます。
一方で、出生率の低下に伴い、人口が減ると、国が行う公共事業であるインフラの整備がおろそかになってしまう。
ここは、少し論理が飛躍しすぎています。出生率の低下に伴い、人口が減ります。ここまではそこまで問題ではありません。(けれども、反論しようと思えば、医療技術が改善しているので、人口は減らないよ、という反論もできます。)けれども、「人口が減ると、国が行う公共事業であるインフラの整備が…」は、論理が飛んでいることに加えて、範囲が限定されすぎています。まず、人口が減ると税収が減ります。税収が減ると、当然実施できる公共政策の幅が狭まります。そのため、国民全体の福祉の実現が困難になる可能性があるわけです。「公共事業であるインフラの整備」と書いてしまうと、公共事業の中でもインフラの整備のみに着目させる結果となり、狭くなりすぎます。「少子化」→「インフラの整備減少」は流れとしてはおかしくはないものの、「少子化」によって「インフラの整備減少」のみが起こるわけではありません。
すると、生活の便利さだけではなく、治安の悪化も心配される。
ここの文章も少し良く分かりません。「すると」と書いているということは、「インフラの整備減少」→「治安の悪化」ですが、分かったようで分からない部分です。もちろん税収減少から、警察官が減り治安が悪化する、とか、電灯が減り痴漢被害が増えるとか考えようと思えば分かる気もしますが、少しスムーズにつながらないと思います。
ここで、国が少子化への対策を講じなければならない。たとえば、子供手当ての更なる充実、たく児所の便利さの追求、子供の保険料の見直し、または、中国の「一人っ子政策」とは正反対のスローガンを掲げ、国民に広く呼び掛けていくことも効果的かもしれない。国民に、子供を産むことに対し、前向きにさせることで、出生率を上げることが可能だ。現在進行形で起こっているこの問題に対して国は、早急に、かつ効果的な対策を講じる必要がある。
ここは少し政策を細かく書きすぎている気もしますが、そこまで違和感はありません。ただし、子供手当てによって少し出生率が上がったなんて話は聞かないので議論の余地はあります。

ここまでの議論で致命的に抜けている部分があります。そもそもどうして国は少子化を食い止めてインフラ整備する必要があるんでしょうか。ここが書けていないと高得点は望めないかもしれません。インフラ整備など全て自分ですればいいのに、どうして国が関与する必要があるのでしょうか。例えば、米国では健康保険が日本ほど充実しておらず、医療に多額のお金がかかります。これはよいことなんでしょうか。悪いことなんでしょうか。日本では、過去は医療費全額負担ですし、いまでも7割負担してもらえます(健康保険料も支払っているわけですが)。「国」にとっては「○○○がよいことだから、少子化によって税収が減りインフラ整備が減ることを避けなければならない。」ということを書かないと、「少子化問題」が「なぜ問題=悪いことなのか」が分かりません。中国では「少子化」は「問題」ではなく望ましいことなのですから、「少子化」自体に「良い」も「悪い」もなく、日本という国は「価値観」を持って、それを「良い悪い」と判断するはずです。その部分が抜けていると答案の「本筋」が抜けてしまいます。
要がある。
以上のことから、「議論の箇条」とは、「出生率を食い止めるための、国の有効な対策」だと考える。税収が減り、多くの国債を発行し、スペインやギリシアのようになってしまう可能性も否めない。国の運営費となる税金をしっかりと集め、インフラ整備に努めるためにも、出生率低下を抑えるための政策を実行していく必要がある。
「以上のことから」の部分が多少分かりづらいです。もっとも、この問題は「議論の本位」と「議論の箇条」の意味を明確に捉えづらいのでしかたがない部分もあります。「議論の本位」はいわゆる「価値観」で、「議論の箇条」は「論点」ですから、「議論の箇条」は実質定義されているようで定義されていません。またスペインとギリシャの例が少し分かりづらいです。単に「国債を発行しすぎて困っている」国の例として使用されたのでしょうが、「少子化により税収が減り、国債発行に頼らざるを得ない」国の例として使用されているようにも見えます。
問2:問1で考察した「議論の本位」と「議論の箇条」を踏まえ、選択したテーマを論ずる3つの文章のうち、どの文章の主張にあなたは賛成するか、(あるいはいずれの主張にも賛成しないか)、その理由を含め、500字以内で記しなさい。
この問2は実は結構簡単です。どの資料に「賛成」かどうかを、「議論の本位」と「議論の箇条」の観点から、理由を説明すればいいからです。そこを踏まえた上で、いただいた文章を見ましょう。

いただいた答案を「○」「×」の二通りで判断するのであれば、確実に「×」です。問題をよく読んでいないか、2段落目でうまくいかなかったか、のどちらかで失敗しています。
 私は、資料4から6のうち、資料4の文章に賛成する。
この書き出しは「○」です。
 資料4では、少子化問題を「国の基本にかかわる重要な問題と認識」し、幅広い観点から対策を講じる必要があると述べている。たとえば、政府による、少子化の流れを変えることのできた欧州各国を参考にした検討、さらには、地方自治体や経済界・労働界と協力することで、少子化対策をすると言っている。
この段落が、この答案の要(かなめ)のはずでした。

この問2は、資料4の文章の内容が「私の主張」と一致することを示す問題です。「私の主張」は「議論の本位」と「議論の箇条」からなる
 ・議論の本位:子供を生みたがらない国民に対して、国がどのように出生率低下を食い止められるかどうか
 ・議論の箇条:出生率を食い止めるための、国の有効な対策
二つのポイントから構成されます。だから、この小論文は、資料4の筆者の主張とは「議論の本位」では「○○の点で共通している」、「議論の箇条」では「○○の点で共通している」ので、「私の主張」と一致します、という論理展開で書く必要があります。

つまり、この2段落目は資料4の「議論の本位」「議論の箇条」をまとめて、第3段落目以降から、「どこがどのように共通しているか」を述べる構成とすべきです。

だから、ご投稿いただいた方の観点に立てば、「税金が減ることでインフラ整備が疎かになること」が問題であるはずなので、「少子化問題を「国の基本にかかわる重要な問題と認識」」というような書き方ではなく、「少子化問題を税負担の増加・経済成長の鈍化等につながる国の基本にかかわる重要な問題と認識している」と2段落目でまとめるほうがよいです。その上で3段落目で「筆者と私は少子化が税や社会保障に与える影響を懸念している点で一致している」などと書いて、「私と筆者のいいたいことは一緒です。」とアピールすれば理解しやすい文章となります。

同様に、3段落目あるいは4段落目で、「単に、問題点への対策を検討するのみならず、欧州成功国の事例を参考にするなど有効度が高い対策を実施しようとしているため、出生率を高める有効な施策になると考える。」などと書けば、自分の議論の箇条である「出生率を食い止めるための、国の有効な対策」と同じであることがアピールできます。
この問題は、国民の子育てに対する意識の問題であり、もちろん、数年で解決できるような簡単な問題ではない。少なくとも、子育てに消極的な人は、「金がかかる」「自由が束縛される」などのマイナスイメージも持ているからだ。しかし、それでも私は国が積極的に少子化対策を講じるべきだと考える。
 そもそも少子化が起こってしまった原因は国にあると考える。子育てに消極的な人が増えてしまったのも、国からの手当てが少ないなどの子育てに適した環境がなかったからだと言える。国の少子化に対する意識が甘かったのだ。このことを反省し国は対策を実行すべきだ。
 以上より、資料4のように少子化対策をすべきである。

したがって、この部分は…本当に無意味です。資料4に賛成する理由が全く書かれていないからです。よって、問2は「○」「×」でいえば「×」です。

***

もし、仮にこの答案にざくっと採点するなら、1番6割・2番4割で全体として100点/200点ぐらいだと思います(ほんとのSFCの採点基準とは違います。あしからず。誤字・脱字等も減点してませんしね。)。配点次第では110点は行くかもしれません。

ご投稿いただいた方はの文章は「割と」論理的で読みやすい展開になっています。例えば「段落のはじめ」と「段落の終わり」をみるとだいたいの全体の意味が分かるので「パラグラフ・リーディング」的な読み方をすればそこそこ意味がとれます。逆に言えば、それが出来ている分、問1については他の論理の「あら」が見えます。理由が理由ではなく、読み手の持つ暗黙の価値観に頼った書き方になっていることが目立ってしまうのです。

問2に関しては、「賛成」か・「反対」かを述べるときには、必ず「相手とどういう点で共通しているのか」「どういう点で反しているのか」を「明確にする」という書き方が出来ていないため、どうしても点数は低くなってしまうと思います。これは話半分に読んでほしいのですが、「賛成」「反対」の小論文は「反対」で書く方が論理的に書きやすくなります。なぜならば、「反対」と書いた方が、基準となる案と自分の案の「違い」を意識した小論文にしやすいからです。もちろん、「賛成」でも、きちんと書ければ何も問題がないので、「反対」で書くというのはあくまでも小手先のテクニックです。自分の意見と異なる場合に、無理に「反対」で書いたらかえってうまく文章を書けない場合もありますし。ただ、「賛成」「反対」をかくばあいには、「どういう点で賛成(=共通)・反対(=相違)なのか」を明確にする、という書き方を忘れないようにしてください。

長きにわたって書いてしまいましたが、私のお返事も「あら」がいろいろあると思います。ご参考にしていただけるところだけ、ご参考にしていただけると大変うれしく思います。それでは。


総合政策学部 2007年問1

ご質問をいただきましたので、総合政策学部2007年問1を詳解したいと思います。テーマは「少子化」です。いただいたご質問全てに答えると、文量が多くなりすぎるため、少しづつ分けてご回答したいと思います。

以下では、小論文を解くときの頭の流れを文章にした、と思ってください。

まずは何はともあれ設問分析です。

SFC小論文は設問分析が命です。「自分が総合政策的アプローチができるよ」ということを、「設問に合わせて」解答する必要があるからです。
問1:まず「少子化」(A)、あるいは「格差社会」(B)、どちらかのテーマを選択し、選択したテーマの記号(AあるいはB)を、解答欄冒頭に与えられたカッコ内に記しなさい。
次に選択したテーマを論ずる3つの文章の内容を分析し、当該テーマを論ずる際の「議論の本位」は何か、また「議論の本位」を定めたうえで(あるいは定めるために)、検討すべき主たる「議論の箇条」は何か、あなたの考えを1000字以内で記しなさい。
 設問をみると、「少子化」とあります。「少子化」は「少子化問題」と言われるので、「問題」を論じる、すなわち「価値観」を論じることが本筋とイメージします。この段階ではまだ確信ではありません。
 問題文を読み進めると「3つの文章の内容を分析し」とあるので、「文章を読むことが求められている」と考えます。この部分が「内容を参考にし」などであれば、資料文を全く無視することも可能です。
 さらに読み進めると「議論の本位」「議論の箇条」を書け、とあるので1,000文字の中に「議論の本位」と「議論の箇条」について「自分の考えを書けばいい」ということが分かります。だから、読解の問題ではありません。つまり、「資料4〜資料6をふまえて「議論の本位」「議論の箇条」をあなたが思う通り書いて」という問題です。「議論の本位」「議論の箇条」はさすがに何か分からないので、資料1〜3を先に読んで、「議論の本位」とは何かを読み取ります。
かくの如く相対して重と定り善と定りたるものを議論の本位と名く。
総合政策学部2007年 資料1より抜粋
この「議論の本位を定る事」が何を意味するのか、福沢は十分には説明していないし、最後まであいまいさがつきまとう。(中略)。「議論の本位を定る事」は、この正しい問題設定について、「問題を正しく設定する」という面と、それについて意見を異にする者の「議論」に合意を作り出すという面と、両面を含んでいるようである。
総合政策学部2007年 資料2より抜粋
あるもの(事物)を得だ、損だと論ずることである。あるものの損得を論ずる際には、観点を定める必要がある。この観点が「ため」と表現される本位である。(中略)。しかし、本位は「何々を目的とする」と表現される場合もある。この場合の「何々」は到達基準あるいは目標を表わすか、あるいは、目的・手段論における「目的」を表わすかのいずれかである。
総合政策学部2007年 資料3より抜粋
出題文上、資料1・資料2・資料3間の優劣は述べられていないので、そこは自分で選ぶ事ができます。資料1〜資料3のどれに着目するかで、問題1の解答範囲が微妙に異なりますが、ここでは全てに共通することに着目して解いていきます。

資料1では「相対して重と定り善と定りたるもの」を議論の本位としています。資料2では、諭吉のいうことはあいまいだけれども、「問題を正しく設定する」が「重と定り善と定りたるもの」になり、「意見を異にする者の「議論」に合意を作り出す」が「相対して」になります。資料3では、「○○のため」という観点を「重と定り善と定りたるもの」とし、それが対立する様を、「相対して」としています。要は「議論の本位」として「対立する価値観についてどちらが重要か」を示せばよいことが分かります。「議論の箇条」は明示した文章がないため、
なお「議論の箇条」を、「争点」あるいは「論点」と読みかえてもかまいません。
という出題文に甘えて「議論の争点」「議論の論点」と考えます。ここまで来て、
「少子化」は「少子化問題」と言われるので、「問題」を論じる、すなわち「価値観」を論じることが本筋とイメージします。この段階ではまだ確信ではありません。
と説明した部分が「確信」に変わります。SFC小論文は問われる内容は単純だから、そんなに怖がることはありません。素直なんです。

さて、ここまでの話はこのブログを理解していただいていれば何も目新しい話ではありません。強いて言えば「相対する」という言葉がついていることが少し異なります。総合政策的アプローチでは、総合政策学部と環境情報学部の双方で使えるアプローチとするため、「相対する」の部分を強調しません。一方、現実の試験では、総合政策学部小論文では相対する価値観を意識した方が素直に解ける問題の方が多いです。これはテクニックみたいなものですので、蛇足ながら覚えておいてください。

「少子化」について地力・自力で考える

この「考える」の部分は、実は慣れないと相当に難しいですが、聞けば「簡単じゃん」と思う部分です。まず資料4〜6のことは思い切って忘れましょう。考えるのに必要なのは、あなたの中にある知識だけです。というよりも、本番ではこれしか持っていけません。SFC小論文では、多少予想をしたほうが文章を速く読めます。予想があたっていようと外れていようと。だから、5分程度、予想や妄想する時間があった方がいいです。

本番で「アイデア」を出すためにもっとも重要なことは、「本番で」、以下にあげるような「質問を思いつき」、それに対して曲がりなりにも「解答を準備」できることです。
 ・「少子化」問題はなぜ問題なの?
 ・「少子化対策」はなぜ必要なの?
 ・「少子化」って何だっけ?
この類いの質問に答えを自力・地力で出せればいいのです。この部分に対する「正確な知識」を思い出すのではなく、「常識的に考える」んです。「常識」さえあればいいんです。

「少子化が進むと何が困るんだっけ?人が少なくなるよね。税金の収入が減るよね。年金がダメになっちゃうって聞いたことある。介護問題も起こりそうだよね。そういや、そもそもなんで少子化って進むんだっけ?みんなが子供を生まなくなるんだよね。お金ないし。子育てつらいしね。それに、子育てより楽しい事ができなくなるじゃん。」

ちょっといろいろ混乱した頭の中をおみせしましたが、ここまで考えられたら、合格に必要な軸が生まれたも同然です。試験会場ではこれぐらいの発想ができれば十分です。
この中に「相対する価値観」はありますか。あります。「国の目標」と「個人の幸せ」が対立しています。「長い目で見た幸せ」と「短期的な幸せ」でもかまいません。とにかく「相対する価値観」が見つけられたわけです。

続いて読解します。

ここからは読解します。

読解部分ですが…いつかきちんと書きますが、今は割愛します。「正確な読解」と「スピード」であれば、SFCでは後者が求められます。「正確な読解」をブログで書くのは簡単なのですが、「スピード」を伝えるのは難しいです。ここで重要となるのは、この前に自分が立てた予想がそれなりにあっているかどうかを確認することです。「設問分析」で、「自分の考えを述べよ」問題だと分かったので、テーマさえずれてなければ「読解」は曖昧でいいんです。問2のために、多少読解する必要はありますが。

実際に書いていきます。

さて、いよいよ実際に書いていきます。書く前に構成を立てる癖をつけましょう。本番では、字数の調整が難しいため、構成を作ることが不可欠です。この問題では「議論の本位」部分で7割。「議論の箇条」部分で3割書く事にしました。構成のやりかたは問題に合わせてざくっとで問題ありません。書きやすい形であればいいと思います。私は「議論の本位」が「価値観」を述べる部分である以上、ここを一番たくさん書くべきと考えて7割にしました。先に「議論の箇条」がたくさん思いついたのであれば、別に「議論の箇条」を8割にしてもいいです。
少子化問題の「議論の本位」は、各個人が「子どもを産む」ことに対する価値観が変化し人口減少が見込まれる中、国がどのようにして必要な社会基盤を維持するか、ということあるす。(84文字)

この問1の答案の成否は、この84字部分にかかっています。この部分が書けていれば、問1としては合格最低点は間違いありません。もちろん小論文は「小論文の作法」にしたがって書く必要があるため、84文字で合格するわけはありません。けれども、この84文字に答案はかかっています。相対する価値観として、「個人の価値観」と「国の目標」を書きました。これで「議論の本位」になっています。あとはこの部分を小論文の作法にのっとって展開するだけです。
現代社会では「子どもを産む」ことについての選択は個人に任されている。かつては「結婚は当然。そして女性は家庭で子どもを産み育てるもの」という価値観が主流であった。けれども、現代では事情が変化している。この背景には様々な理由がある。例えば、女性の就職が当然となり、共働きの家庭が増えたことが挙げられる。また、女性も「子どもの養育」を自己実現の場とするのではなく、男性同様仕事を通じて自己実現を目指すようになっている。このような場合、女性が子どもを産み育てるのには困難が伴う。また、恋愛観も変わり、草食系男子という言葉が流行し、結婚しないことも選択肢の一つとして認められてきている現状がある。つまりは、種々の価値観の変化により、子どもを産むことが容易い社会ではなくなってきている。(337文字)

「小論文の作法」とは、「自分の主張を形を変えて繰り返すこと」です。この部分は、各個人が「子どもを産む」ことに対する価値観が変化し人口減少が見込まれるを再度詳細に説明したものです。相対する価値観が二つあり、その前半部分です。最初にまとめとして「議論の本位」の全体像をだいたい100文字で述べました。だから、「議論の本位」を論じる部分で使えるのはあと600文字。前半部分なのだから、この部分の文量が300文字程度になるように調整しています。「例えば」で述べるの例の数とか、最後の「つまり」を入れるか入れないかで、文量を調整していくとうまく行きます。
一方で、国としては一定の社会基盤を維持する必要があるため、少子化は由々しき問題である。国は税金を用いて、国民を幸福にするための社会基盤を実現している。例えば、交通網整備や年金制度等は個人では到底実現できない。また、教育は個人でもある程度実現できるものの、社会全体で高い水準を維持した方が結果的に国の成長につながる社会基盤である。このように、社会基盤は個人に任せていては実現しないものも多く、国民の幸福には国の関与が不可欠である。けれども、少子化により税収が減少すれば、国が実現できる社会基盤の範囲は限定される。ひどく少子化が進めば必要最低限の社会基盤も維持できなくなる。(285文字)
この部分は、国がどのようにして必要な社会基盤を維持するかを詳細に展開した部分です。後半部分ですので、ここも300文字になるように調整しています。これでだいたい700文字。

続いて議論の箇条部分ですが、これはさくっと書きました。要は自分が「例」をあげた部分が「議論の箇条」になるはずです。そこが人によって異なる部分なのですから。
このように、少子化問題の議論の本位は、少子化が進む現代において個人の価値観に任せていては実現しない社会基盤をどのようにどこまで維持するか、ということである。したがって、少子化問題を議論するための論点である議論の箇条とは「個人の価値観と子どもを生む事の関係性」と「本当に国が実現すべき社会基盤とは何か」「その優先順位」の3点である。現代の価値観と子どもを生む事の関係性が分かれば、少子化を抑制することができる。また少子化が進んだ社会において税収の減少が不可避であるとして、国が実現すべき社会基盤を再度明確にし、優先順位の高いものから実現し、国民の幸福を追求することが求められる。(288文字)
導入部分として再度「議論の本位」を再掲。そして、そこから、議論の箇条を展開していきます。最後に、書いた議論の箇条を言い換えておしまい。これで約1,000文字です。

もちろんこれは一例です。

私は解答例を書くのがあまり好きではありません。
 ・解答例は教師や講師側が、試験時間にとらわれることなく作成している。
 ・プレッシャーがない中、作成している。
 ・通常、PCを用いて、誤字脱字を簡単に修正している。
等々受験生の参考にならないからです。この解答例も解説合わせて2時間程度で作っていますが、書き直しは何度かしています。また、変に難しくならないように、例は曖昧に書いています。「例えば、女性の就職が当然となり、共働きの家庭が増えたことが挙げられる。」は1985年の男女雇用機会均等法を意識して記載していますし、次の「女性も「子どもの養育」を自己実現の場とするのではなく、男性同様仕事を通じて自己実現を目指すようになっている。」は、キャリアデザイン、キャリア教育、ひいてはワークライフバランス等について記載しています。もちろん、言葉や知識はあったほうがいいし、知っていれば書いても決して損にはなりません(字数制限の問題は別にして)。この部分をこう書けばより小論文らしくはなります。
1985年の男女雇用機会均等法以降、女性の就職は当然のものとなった。さらには、仕事に対する価値観の変化から女性のキャリアデザインやキャリア教育が求められている。一方で、ワークライフバランスの必要性が叫ばれるなど、家庭と仕事が両立できていない現状も伺える。
けれども、試験本番でこういうことがすらすら書けるかと言えば、決してそうではないわけです。それよりは自分の言葉で現状を説明できた方が最終的な得点力に繋がります。そういうことを意識しながら、解答例を読んでいただければ、と思います。(「少子化は集団社会の伝統を破壊する由々しき問題だ。」「メディアによる性の解放から個人が子どもという代償を伴う性行為に必要性を感じていない」etcのテーマを思いついたりして、それぞれ全部書いてみたいんですが、そういう例が三つ並ぶとカオスとなってしまい、伝えるべきことが伝わらないと思ってやめました。)

ご質問いただいた方の解答になっているでしょうか。私は84文字を約600文字に膨らませてみました。参考にしてみてください。「テーマ」自体の是非は、いただいた投稿だけからは判断しかねますので、お時間あれば全文書いてみてください。ブログにのせてよいのであれば、採点とは言わないまでも思ったところを書かせていただきます。(のせてはダメなところがあれば、明示していただけると助かります。)

総合政策学部 2007年

総合政策学部2007年の小論文は極めてやさしいです。
 ・資料1の文語文が慣れていないとドキッとする。
 ・「格差社会or少子化のテーマ選び」が存在する。
ものの、この小論文が問うているのは、
 ・「価値観の設定」ができますか。
 ・「解決策の検討」ができますか。
の2点のみです。

問1は「価値観の設定」について確認されています。
問1:まず「少子化」(A)、あるいは「格差社会」(B)、どちらかのテーマを選択し、選択したテーマの記号(AあるいはB)を、解答欄冒頭に与えられたカッコ内に記しなさい。
次に選択したテーマを論ずる3つの文章の内容を分析し、当該テーマを論ずる際の「議論の本位」は何か、また「議論の本位」を定めたうえで(あるいは定めるために)、検討すべき主たる「議論の箇条」は何か、あなたの考えを1000字以内で記しなさい。
きちんとこのブログを読んでいる方には、もはや解説は不要でしょう。

「議論の本位」という「価値観の設定」を尋ねられており、それを実践できるかが問われているだけです。分五体を読み解く力があればよいですが、知らない場合はドキっとするという欠点がありますが。
問2は「解決策の検討」フェーズです。
問2:問1で考察した「議論の本位」と「議論の箇条」を踏まえ、選択したテーマを論ずる
3つの文章のうち、どの文章の主張にあなたは賛成するか、(あるいはいずれの主張にも
賛成しないか)、その理由を含め、500字以内で記しなさい。

解決策の検討ですね。各文章が主張する「解決策」の検討を行えばいいだけです。問1との整合性が問われます。


【対象】古典なので読まなくてもいい。【プチ書評】古典。マルサス自体も経済学者ですが、経済学特にマクロ経済学の視点に立つときに「人口」を考えることは重要です。あるいは政治学とか。国を治めたい為政者は、まず国民の調査をしました。国内では豊臣秀吉がぱっと思い浮かびます。人口はこれからも増え続けるし、着目すべきテーマです。