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総合政策学部・2008年

2008年 総合政策学部 設問分析

ジョンとかいう甘えに甘えたアキレス腱フェチのアニヲタさんがTwitterのメッセージで
2008年総合政策問2みたいな「説明しなさい/述べなさい」しか書かれていない問題において、「縦の糸を総合政策的アプローチから自力で設定する方法」について教えてほしい
とか甘えたことを言ってきたので、ちょっと甘やかしてみることにした。

また別の方からも、「小論文を時間内に上手く書き終えるにはどうしたら良いでしょうか」という質問をいただいたので、それに対して「設問分析」をしっかりしましょう、と答えたので、その部分の補足になっています。

なお、このエントリーは気が向いたときに、ブロマガに移します。悪しからずお正月ですので、実況中継方式で。

いろは>ということで、2008年総合政策学部の小論文を、実況中継方式で解説します。ちなみに、生徒役はいつも無断で名前を使われるジョンさんです。

ジョン>よろしくお願いします。って、なんで勝手に名前を使うんですか。それに僕は設問分析をしてほしいわけじゃなくて、質問部分の解答だけあればいいですけど。

いろは>別にあなたが、アニヲタでアキレス腱フェチのジョンさんとは言っていないけど?ほら、ジョン・デューイさんかもしれないじゃん。自意識過剰だよ。だいたい実況中継方式で書くと、時間は普通の2倍以上かかるんだから有難く思っておきなさい。

質問部分の解答だけにしないのは、ある程度全体的な解説にしないと、すぐに「あぁ、問題発見・解決に触れとけばいいや。」と早合点する人がいるのと、単に他の部分も解説したいから。っていうか、全部きちんとやんないとたぶんジョンきゅんにはわかんないんじゃない?

ジョン>もう、アキレス腱フェチの設定は忘れてほしいんですけど。じゃぁ、早速お願いします。

1回目の読み

いろは>では、早速解説したいと思います。設問文は何回読むべきなんだっけ?

ジョン>最低2回ですよね。

いろは>うん。ブロマガでは、違う言い方になってるけれどもね。少なくとも2回は読むべき。1回目は、全体的な内容確認をして、2回目は何を読み取って何を書くかについて考えながら読む。

ジョン>ということは、ここからは「全体的な内容確認」のために設問を読むんですよね。

いろは>その通り。キーワードや数字にチェックをしながら、ね。
近年、日本で初等・中等教育のあり方が議論の的となっていますが、そもそも教育とは何なのでしょうか。
(慶應義塾大学 総合政策学部 2008年 小論文 設問文)
(ここで、地の文になっちゃいます。ここからは指定のない限り、引用タグで囲っている場所は、2008年の設問文からの引用です。他に引用する場合は、引用元を明示します。)

さて、この文。線を引く場所は?

ジョン>え?「教育」にチェックですよね。もしくは「教育とは何なのでしょうか。」まで。

「そもそも」は、話題を本質論に展開することを説明するための接続語。小論文の設問文で「そもそも」なんて出てきた場合には、まずはそれがテーマにあるんじゃないか、と疑うべきですよね。

いろは>さすが、私が一人二役してるから、私の気持ちをきちんと理解してくれる。ジョンきゅん。正解です。

実際、次の文章を読み進めていくと分かるんだけどさ。
教育という営みの本質をめぐっては、古典としての価値を有する文章が数多く存在します。
ジョン>確かに「本質」って出てきますよね。ここで文脈がつながるわけですね。

いろは> 「しょうろん」では現代文に深く立ち入るつもりはないので、これぐらいにしておくけどね。現代文の読解力は、確実合格のためにはどのみち必要になるので各自勉強しておいてください。

さて、ここで「教育」というテーマが出てきました。SFC小論文でテーマが出てきたときに、まずはじめにやるべきことはなんですか?

ジョン>えっと、テーマが「問題」か「原因」か「解決策」かのあたりをつけておくこと、ですよね。何がテーマになるかによって出題内容がだいたい決まりますから。
いろは>  その通り。ちなみに、頻度順でいくと、「原因」であることはあまりなくて、一番多いのは「解決策」で次が「問題」かな。「問題」か「解決策」かの見極めは、

1:直感というか常識
2:「死人テスト(「解決策」の場合)」もしくは「価値観探し」(「問題」の場合)

で行います。

じゃぁ、今回の場合は「解決策」か「問題」かどちらですか?

ジョン>「解決策」です。「教育」は「教育を受ける人の状態を変えるもの」ですから、「解決策」です。

いろは>うん。正解。答案も優等生的でよろしい。さすが「しょうろん」オタク。

ジョン>オタクではないですけどね。続けると「死人テスト」ですよね。たしか、「死人にもできることは行動ではない」という基準のもと、「解決策かどうか」を判断するんですよね。

いろは> その通り。必ずしも「死人テスト」をする必要はないんだけれども。

「変更をしないこと」が「解決策」だ、というひねくれた意見を書かないように「とりあえずはチェックしておこうかな」ぐらいの感じ。元は「行動分析学」という学問分野から借りてきたものです。これを覚えてもSFC小論文で何の得点にもならないからね。お願いだから小論文に「解決策かどうかを確認するために、死人テストを行う。」とか書かないでね。

今回の場合は「教育は明らかに死人にできない」から、教育は「行動」であり「解決策」の要因を満たすので、テーマ「教育」は解決策だろう、と推測がつきます。

さて、どうして、ここでテーマが「問題」か「原因」か「解決策」かを分類するのが重要なんでしょうか?

ジョン> え?「何がテーマになるかによって出題内容がだいたい決まるから」ですよね?

いろは>うーん、それはそうなんだけれどもね。「今後の推測をしながら読んでいくこと」が、結局、速く読むことや正しく読むことにつながるからです。次の文章を読んでみて。

手にとると、白くてどろっとしてるの。口に入ると苦いしおいしくないし、飲み込もうとすると、喉にひっかかるし、うぇっ、ってなっちゃう。…でも、、、甘い雰囲気にうっとりしちゃうかな。

さて、なんでしょう?

ジョン>そのネタ、Twitterでもやってましたよね?ちなみにのっかって、下ネタトークをしたらどうします?
いろは> やめて。生々しいから。

答えはもちろん「シャンプー」なんですよ。他の「シモネタ的な何か」を想像したひとは氏んでください。「あまくて、うっとりする」なんて童◯の妄想です。

要するに、文章は「最初にテーマを意識して読むかどうか」によって、とんでもない理解をする、ってことなんですよ。

ジョン>  最初に、「シャンプー」というお題を与えられてたら、明らかに違う読解になりますしね。

いろは> 「シャンプー以外」の想像をする変態どもの思考が信じられないけどね。

思考実験から話を元に戻すと、私たちはこれから「小論文」を書こうと思って設問や資料文を読みます。これから書くだろう内容を推測しながら読む、というのはものすごく重要なんですよ。だからこそ、早い段階でテーマを絞っていく。もちろん、設問の後ろを読むときに、このテーマの内容はどんどん変わっていく可能性はあるけれどもね。「読解すべき内容を設問を読みながらどんどん絞っていく」イメージだよね。

さて、次。
資料1はイマヌエル・カント(1724-1804)が18世紀後半にケーニヒスベルク大学でおこなった「教育学」の講義のための覚え書きからの抜粋です。
なにか線をひくところある?

ジョン> うーん。強いて言えば、「カント」か「「教育学」のための覚え書き」ぐらいでしょうか。

いろは> 私なら、「カント」にはチェックしないけどね。どうせ意味ない情報だし。

こんなところで、「カント」という言葉が出てきて、「やった!カントが出てきたし、予想的中。」とか思っているアホはどうせ、あなたの敵じゃないから無視しておけばいいのよ。現代哲学や科学哲学に通じていると、SFCの資料文は理解しやすいけれども、でも知らなくても理解できる、あるいは、理解する意味のない資料文が大半だしね。

資料2はジョン・デューイ(1859-1975)が1915年に上梓した著作からの抜粋で、もともとは彼が1899年におこなった講演の記録です。
 資料3は、ハンナ・アーレント(1906-1975)が1968年に上梓した著作からの抜粋です。この部分が初めて発表されたのは1958年でした。
だから、ここもチェックする必要はなし。数字はチェックした方がいいんだけど、さすがに西暦の年が重要になることはないから、これも無視。
一方、今から約30年前、詩人の谷川俊太郎をはじめとする人びとが、当時の文部省学習指導要領から離れた見地に立ち、実験的に小学校一年生用の国語の教科書を作成したことがありました。
さて、この内容で一番重要なのは?

ジョン> 現代文的には「一方、」ですか?ある内容と別の内容を比較する。通常、「一方、」から後に書かれたことの方が重要で筆者の言いたいことに近い(とはいえ、6割〜7割ぐらいの確率で。)

いろは> うん。この場合、筆者は出題者になるんだけれども、ここから読み取れることは「資料1、資料2、資料3」vs「実験的国語の教科書」という構造ね。だから、受験生はこの論理構造を読み取っておくと、この後の読解がしやすくなるよね。
資料4は、その実験的教科書『にほんご』(福音館書店)の中の、「といかける・こたえる」をテーマとするページに掲載された詩です。
 資料1から資料4まで読んで、以下の問いに答えなさい。

ここで意識すべき内容は、「資料4」ぐらいだよね。だから、「資料1、資料2、資料3」vs「資料4」を読み取っておくべきだよね。

じゃ、設問に進んじゃいます。
問1 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係について、資料1、資料2、資料3のそれぞれから読み取れるカント、デューイ、アーレントの考え方は、どのような点で共通し、どのような点で食い違ったり、対立したりしていますか。900字以内で記しなさい。


さて、じゃあ、ここで下線を引くべき箇所は?

ジョン>「教育する者」「学習する者」「関係」「読み取れる」「共通し、」「食い違ったり、対立したり」「900字以内」ぐらいでしょうか。

いろは> 優秀優秀。

1回目の読みでは、その辺さえとらえていれば十分だよ。この設問は結局「読解」問題なんだよね。「教育」という「テーマ」が「解決策」であるという視点から、もう少し分かることもあるけど、それは2回目の読みに任せようか。

ジョン>はい。

いろは>
問2 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係をめぐって、資料1、資料2、資料3を参照しつつ、資料4についてのあなたの考えを600字以内で記しなさい。
同じように、線を引く場所は?

ジョン>「教育する者」「学習する者」「関係」「参照しつつ」「あなたの考え」「600字以内」ぐらいですね。

いろは> 正解って感じかな。まぁ、難しくないよね。この問題の場合は、設問の2回目の読みも必要にないぐらいにシンプルだよね。

注意しておくべきは、「設問」で読み取ったように、「資料1、資料2、資料3」vs「資料4」の対立構造があるということ。つまり、これは設問間の関係でいえば、「問1」vs「問2」なわけです。ここぐらいまでは、現代文ができる人ならなんてことないよね。

1回目の設問読解はこの辺で終わりにしようかな。2008年の設問は意外と簡単なんですよ。読解だけならね。

ジョン>そうですか?かんたんとは思えないんですが。

いろは>現代文ができれば、大半が理解できるし、総合政策的アプローチなんて大してつかわないよ(笑)。各資料文の説明をしている文章に、各資料文の要約が書かれていない、というのが一番大きな理由なんだけれどもね。ただ、設問分析はどの年度でも重要だよ。もちろん、設問分析をした結果、その年は設問分析はそんなに重要じゃなかった、って分かる年もあるけどね。それはあくまで後付け。

小論文を解くのが遅いひとは、設問分析をしっかりとせずに、「何を読み取るか」「何を書くか」を意識しないから、頭の中が整理できないんだと思うよ。

じゃ、2回目の読みに行ってみようかな。

2回目の読み

いろは>
近年、日本で初等・中等教育のあり方が議論の的となっていますが、そもそも教育とは何なのでしょうか。教育という営みの本質をめぐっては、古典としての価値を有する文章が数多く存在します。
2008年度は、先ほどから、書いているように設問自体があまり読み込みを必要としないのでさくさく進めちゃいます。

この部分では「教育という解決策」というテーマを思い起こしさえすればOK。

資料1はイマヌエル・カント(1724-1804)が18世紀後半にケーニヒスベルク大学でおこなった「教育学」の講義のための覚え書きからの抜粋です。
資料2はジョン・デューイ(1859-1975)が1915年に上梓した著作からの抜粋で、もともとは彼が1899年におこなった講演の記録です。
 資料3は、ハンナ・アーレント(1906-1975)が1968年に上梓した著作からの抜粋です。この部分が初めて発表されたのは1958年でした。
ここは、意識するところは「なし」強いて言えば、「資料1〜3」があること、を意識すればOK。
一方、今から約30年前、詩人の谷川俊太郎をはじめとする人びとが、当時の文部省学習指導要領から離れた見地に立ち、実験的に小学校一年生用の国語の教科書を作成したことがありました。
資料4は、その実験的教科書『にほんご』(福音館書店)の中の、「といかける・こたえる」をテーマとするページに掲載された詩です。
 資料1から資料4まで読んで、以下の問いに答えなさい。
ここは「資料1〜資料3」vs「資料4」を意識すればOK。

ジョン> いろはさん…。疲れてきて投げやりになってますよね。

いろは>うるさい。だまれ。ロリアニヲタ。

さて、気をとりなおして、ここから先はもう一度しっかり整理していきましょう。
問1 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係について、資料1、資料2、資料3のそれぞれから読み取れるカント、デューイ、アーレントの考え方は、どのような点で共通し、どのような点で食い違ったり、対立したりしていますか。900字以内で記しなさい。
さて、共通点と相違点は?

みんな名前に「タ行」が入っている。相違点は「ン」が入ってたり、「ー」が入ってたりがバラバラ!!さて、これで合格点は望めますか?

ジョン>無理ですよ。「教育する者」と「学習する者」の関係について論じていないですから。

いろは>正解。だけどね。意外といるんですよ。資料文だけを読ませて、共通点と相違点をまとめたらいい、とか指導する馬鹿講師が。設問の意図をしっかり理解しないといけません。それに「名前の共通点、相違点」を論じることは無意味だとすぐにわかるのに、「資料文の共通点、相違点」を論じることに意味があると思ってしまう人。

さて、総合政策的アプローチに立ち返りましょう。「教育」とは「解決策」です。「解決策」がテーマの場合は、「価値観」について問われることが多いです。また、「価値観」が違うことにより、「解決策」が変わることは多いです。つまり、この設問では「教育する者」と「学習する者」の間の「関係性」を軸にして、資料文1〜3の「価値観」と「解決策」の共通点と相違点を見つけ出して解く問題です。注意すべきは「価値観」は「目的、枠組み、価値観」のようにいろんな形態で記載されていること、かな。

そう思って「資料文を読解して」「解答をまとめれ」ばいいんです。

だから、この時点でこの小論文の構成もほぼ出来上がります。

教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係について、3者の共通点は◯◯です。

また、相違点は、△△と◻︎◻︎と××です。
△△については、
◻︎◻︎については、
××については、。
(共通点200文字、相違点は200文字×3ポイントで、概ね800文字。)

算数的に言えば、資料が3つあるので、3!/2!=3より相違点は3つありえます。

これぐらいまで頭を整理しておけばOK。

ジョン>ずいぶん単純ですね。若干、不安です。

いろは>うん。資料文を全く読んでないからね。でも、だいたい大枠は外していないし、実際本番試験でこれ以上の構成を立てるのは難しいと思うよ。あとで説明するけど、資料4が「詩」であることから、資料4だけ先読みすることで、構成が格段に立てやすくなる、ってのはあるんだけどさ。

ジョン>わかりました。問2はどうすればいいですか?

いろは>
問2 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係をめぐって、資料1、資料2、資料3を参照しつつ、資料4についてのあなたの考えを600字以内で記しなさい。
これが問2だよね。

これ、実際は資料4を読まないと、構成も何も立てられないのよね。

ジョン>ですよね。だから悩んでるんです。

いろは>読んじゃえ。

ジョン>え?

いろは>読めばいいんじゃん。今回の場合は資料文短いしね。それに、資料4→資料1→資料2→資料3って読むことは誰も禁止しないよ。むしろ、2回目の設問分析は、「どう資料文を読んで、どう答案を書くか」だけなんだから。その読む順番を決めるのも方法のひとつだよ。

それに、ほら、ブロマガの手順にしたがってたら、この段階で既に資料の全量把握は終わっているから、資料4が「ひらがなで数行しかない文章だ」ってことはもう知ってるはずだから、「先に読もう」という戦略は立てやすいはずだよ。(詳しくはブロマガをご覧ください。)

ジョン>なるほど。

いろは>というわけで、資料4のポエムいってみよー。
かずこが といかける。
せんせいが こたえる。

しらないこと わからないこと ふしぎに おもうことは
どんどん せんせいに きいてみよう。

せんせいが といかける。
あきらが こたえる。

せんせいにだって しらないこと わからないことがある。
せんせいに どんなことを おしえて あげられるかな?
超、短い。これを読んでの感想は?

ジョン> えっと、「せんせい」と「せいと」の立場が逆転するケースがある。
いろは>その通り。つまり、「せんせいにだってしらないことわからないこと」があって、「かずこ、あきら」は、何を教えてあげられるかな、ってことでしょ。

これが資料4。対する資料1〜3は、論理的にどうなっていそう?「資料1〜資料3」vs「資料4」だとしたら?

ジョン>そりゃ、「先生が生徒に一方通行で教える」ですよね。

いろは>それが問1の共通点なんじゃない?

ジョン>そうかも、です。

いろは>あくまで推測だけれどもね。でもね。最初に説明したように「シャンプーというテーマを与えられて」文章を読むのと、「何もなし」で読むのとどちらがよさそう?

ジョン>圧倒的に前者です。

いろは>その通り。資料1〜3は、確かに「先生から生徒への一方通行」か、を考えながら読んで、確かに一方通行ならば、それが共通点。読むのが圧倒的に楽になるでしょう?

ジョン>はい。

いろは>設問分析をできるだけ、緻密に精緻にやればやるほど、資料文の読解がやりやすくなる。だから、設問分析がほんとに重要になるのよ。

ジョン>でも、冒頭の僕の質問はどうなっちゃうんですか。

いろは>2008年総合政策問2みたいな「説明しなさい/述べなさい」しか書かれていない問題において、「縦の糸を総合政策的アプローチから自力で設定する方法」について教えてほしいってやつ?

もう答えは出てると思うけど?

ジョン>わかりません。

いろは>と、言うと思った。

上でも書いた通り、「注意すべきは「価値観」は「目的、枠組み、価値観」のようにいろんな形態で記載されていること、かな。」だよね。さて、「先生から生徒への一方通行」と「先生と生徒間の双方向学習」になりました。これって。

ジョン>「枠組み」の変更ですね。

いろは>ということは?

ジョン>「枠組み」が変わると、当然のごとく、「解決策」は変わりますし、それがSFCの問題発見・問題解決の本質です。つまり、資料1〜資料3と資料4では「枠組みが違う」ことを述べる=「問題の再設定」。ここまでは読解というか論理的帰結。そして、「枠組みが違うこと」から生じる「解決策」の違いについて「自分がどう考えるか」を論じる。つまり、解決策を論じる。

ですね。

いろは>そ。解決策を論じる場合には、「解決策の詳細」「実行可能性」「実効可能性」「副作用」の4点があるよね。だから、問2の「縦の糸」は「問題の再設定」→「解決策の検討」にすればいいよね。600字では字数が少ないだろうから、「副作用の検討」や「実行可能性」は今回は削ることになるかもね。

「先生と生徒の双方向学習」という視点が入ることで、教育がどのように変わるかを論じればいいんだから。

ジョン>ですね。

いろは>結局、過去問の設問分析を必死になって、総合政策的アプローチにあてはめればほとんどの場合は解けるはずだよ。だって、SFCの理念に沿ってるんだからさ。ある意味当然でしょ。

大事なのは、いかにしっかりとSFCの理念を理解して、それをある程度つかいこなせるか、なんだから。

じゃ、がんばって解いてみてね。

総合政策学部 2008年

今回は、2008年総合政策学部の小論文入試問題です。前回と同じく当サイトからの出題も記載します。
問1 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係について、資料1、資料2、資料3のそれぞれから読み取れるカント、デューイ、アーレントの考え方は、そのような点で共通し、
どのような点で食い違ったり、対立したりしていますか。900字以内で記しなさい。

問2 教育する者(親・教師)と学習する者(子供・生徒)の関係をめぐって、資料1、資料2、資料3を参照しつつ、資料4についてのあなたの考えを600字以内で記しなさい。

(出典)慶應義塾大学総合政策学部2008年小論文入試問題より抜粋


【当サイトからの出題】
1.「教育」とは「A:問題」「B:原因」「C:解決策」のうちどれですか。
2. 問1では、「A:問題」「B:原因」「C:解決策」のうちどれについて重点的に記載すべきですか。
3. 問2では、「A:問題」「B:原因」「C:解決策」のうちどれについて重点的に記載すべきですか。

【当サイトからの解答】
1.「C:解決策」
 これは簡単ですね。この問題では、子どもを「悪い状態から良い状態」に変化させるための「解決策」として「教育」をとらえています。それは資料1「動物性を人間性に転換してゆく」、資料2「教育とは、子どもの諸々の活動をとらえ、それらの活動に方向づけを与えることなのである。」資料3「子供たちをわれわれの世界から追放して本人たちの好き放題にさせるようなことをせず、…(中略)…あらかじめ子供たちに、共通世界を刷新する任務への準備をさせること」と、それぞれから読み取れます。

2. 「A:問題」
SFC小論文では、「解決策」がテーマの場合、出題内容で問われるものは必然的に「A:問題」になります。これはSFCの理念から考えると明らかです。「教育する者」と「学習する者」と二者が出てきます。これはいわゆる「主体」です。「主体」は「価値観」を持ちます。つまり、この問題は「価値観」について問われているのではないか、と推測をたてます。SFC小論文では「価値観」は「問題の再設定」のステップで論じられます。だから、この問1は「問題」が問われています。

3. 「A:問題」が主、「C:解決策」が副。
まず「せんせいに どんなことを おしえて あげられるかな?」とあります。これも一種の「教育」です。だから、この問題のテーマも「教育」となるでしょう。「教育」は「解決策」ですから、当然問われているのは、「問題」になります。

「せんせいに こんなことを おしえて あげられるよ。」ということを書く場合、「こんなこと」=(せんせいにとって)「よいこと」ですから。これについて論じる場合、自然と「よい」「わるい」という価値観の議論になります。だから、メインが「A:問題」です。あとは、「ただし、現在の教育では、子どもが先生に教えるのは、○○という点で難しい。そこで、△△な教育を推進したい」などと「C:解決策」についてさらなる提案をするほうが望ましいでしょう。もし、現在の教育でそれが実現していないのならば。

【問題解説】
個人的には、この問題は少し失敗だったんだろう、と思っています。問1が「読み取り」の問題であるため、「問題の再設定」が出来ない受験生でも高得点をとれるためです。「教育する者」「学習する者」と「主体」まで提示されているため、「価値観」にまで踏み込まなくても、問1は高得点がとれるからです。さらには、問1を解いておいて、問2で「こどもからおとなにはなにもおしえられないよ」なんていう答えを書く人は普通いませんから、問2も自然に解けてしまいます。だから、「総合政策的アプローチに対する適性がある受験生」ではなくて「得点力のある受験生」が多く、合格したはずです。2009、2010の出題傾向変化はそのためでしょうか。

もっとも、SFC小論文の特徴についてこの年の問題から学べることもいくつかあります。

SFC小論文に対して、知識蓄積型の対策での対策は難しい。
「カント」「デューイ」「アーレント」の3者が出てきます。この中で、「教育学」でメジャーな人は「デューイ」だけです。SFC受験生が小論文対策として教育学を齧った場合に「デューイ」や「ヴィゴツキー」についてその主張の概略を知ることはあるかもしれません。けれども、「アーレント」にたどり着くには相当がんばらなければいけません。「デューイ」は100人中5人ぐらい知っていてもおかしくないけれども、「アーレント」は1人か2人が知っている程度でしょう。受験生が3,000人いたとして、デューイを知っている人は150人、アーレントを知っている人は30人から60人です。仮に、その人たちが全員合格したとしても、合格者の中で上位30%〜10%程度のトップクラスに入る人たちです。この中には「教育学」にしか手が回らなかった人たちや、「たまたま知っていた」人たちも入りますから、知識を幅広く蓄積して「デューイ」や「アーレント」にたどり着いた人の数はもっと減ります。「カント」は有名人ですが、引用元がマニアックすぎます。受験生が出来る対策は、カントの主著「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」とその概略を知るぐらいのことでしょう。もちろん、「純粋理性批判」を読んでいる受験生がいないこともないでしょうが、それにしたって、受験生のうち教育学の「カント」にたどり着く受験生が果たしてどれだけいるか…。カントの専門家を「カンティアン」と呼んだりしますが、もちろんカンティアンとして常識の範囲になるでしょうが、SFCはそんな知識を受験生に求めますか。求めるわけがありません。知識はそんなに重要ではないんです。

「国語力」を磨くことは、相当のチャンスが広がる。
「国語力」を「文章の内容を読み取り、まとめる力」と定義すると、この年の問1はまさしくこの国語力が問われていると言えます。国語力を磨くことで、900文字分が高得点になるわけですから、ここを手を抜かない方がいい。記述式の国語を出題する大学の問題をたくさん解くとよいわけです。これに加えて、「総合政策的アプローチ」を理解していれば、「何を読み取ればいいか」ということまで準備できるのですから、鬼に金棒です。国語の記述問題の練習は必ずしておきましょう。「読み取り」の問題は、「現代文」という先駆者科目があり、世の中にたくさんの良書や良い予備校教師がいます。そういうものをおろそかにして、点数を落とすのはもったいないです。さすがに記号問題ばかり解くような現代文の勉強は、SFC小論文に直結はしないかもしれませんが、記述問題に力をいれることはSFC合格への近道であり、相当チャンスを広げることになります。


【対象】地力のある受験生【プチ書評】どこかの予備校教師のSFC推薦対策本に「構成主義」の本が載っていたのを思い出して、どうせならこの本を紹介したらいいのに、と思った本。難しいので万人向けとは言いがたいし、そもそもこの本を理解できるだけの地力があるなら、読まなくてもSFCには受けるんじゃないか、と思ったりします。ただし、テーマ性としては、文理幅広くカバーしていてSFCの小論文用に読むには非常によい本。地力があれば。