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2015年08月

【添削・しろたん様】環境情報学部・2013年

久しぶりに小論文の投稿をいただきました。皆様も、この小論文を読んでみて、この答案はどんな感じか考えてみて下さいね。
問1:
 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。自分の書きたい話題を、自分の言葉で、自由自在に書けるようにするためだ。私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。
 私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。


問2:
 私が提案するのは、〈文体練習〉という方法である。
 この方法は、ある1つのストーリーを、いくつもの文体を用いて書き直すというものである。ここでのストーリーは、童話や民謡などの、誰もが知る作品で構わない。それをたとえば、著名な作家の文体で書いてみたり、新聞記事、調書など、ありとあらゆる文体を用いて書いていく。いわば、一種のパロディである。
 1つのストーリーをいくつもの文体で書いていく手法は、レーモン・クノーの『文体練習』にも見られるし、既存の物語を語り直す手法は、太宰治の『お伽草紙』にも見られる。
 この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。また誰にでも実行可能であり、何よりも、楽しみながら文体の練習をすることができる。このような方法を私は提案する。


問3:
 私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。
 この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。
 想定する学生数は、ゼミ形式のため、20人程度とする。
 評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。
 学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

時間:約2時間30分〜3時間
コメント:もしよろしければ、ご添削していただけると嬉しいです
当ブログコメント欄(しろたん様より)

講評

さて、この答案どう思いますか?





私の感想は「そこそこ読みやすいけど、答案としては『ダメ』」と思います。この答案では合格はおぼつかない。200点満点中100点ぐらいかな?

問1

文章自体は分かりやすくていいのですが、重要なところが書かれていないので「芯」が通っておらず、そのせいで問2と問3も損しています。

さて、問題文は
問1:あなた自身の身体知の学び
図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第1象限と第4象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)
環境情報学部2013年入試小論文 設問より引用。
これに対して

 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。自分の書きたい話題を、自分の言葉で、自由自在に書けるようにするためだ。私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。
 私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。

文章自体は、そこそこ論理的なので、読みやすいです。だから、「粗」が見えます。

 私がこれまでに学んだ身体知は、〈文章を書く技術〉である。文章を書くことにも技術が要るが、その一つに、「文体」というものがある。良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。

ここまではそこそこ。太字の「まず」があると、文章の後半で「次に」を示す内容が来ると読者は考えるので省いても可。ただし、テクニカルな問題なので減点にはならないと思います。読みやすさ、の観点から。

問題発見・解決的な読み手から見ると、

良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。

と、書いてあるので、ここには目が留まります。つまり、「自分の文体を確立すること」がよいこと、だという価値観設定をしている部分だから。ここ超重要。

私はそのために、以下の訓練を行った。
 まず、著名な作家の文章をいくつか選び出し、それを模写した。そして音読し、暗記した上で、同じ文章を、そらのまま紙の上に写していく。そうして元の文章と照らし合わせ、間違いがないかどうかをチェックする。この一連の作業を複数回に分けて行った。

ここまでは分かりやすい。上で太字にした「まず」のあとに、また別の「まず」が来ているので、まともに文章を読んでいると「あれ?」と思う。但し、上述のように、テクニカルな問題であって、読みやすいかどうか、という問題です。



けれども、この「解決策」には欠点があります。「文体」を確立したかどうかがこの文章からは分からないからです。もちろん

私はこのようにして、なんとか自分の文体らしきものを確立することができた。

と、本人は解決したんでしょうけれども。読者には、それが伝わらない。なぜか。「文体」というものが定義されていないから、です。おそらくは、この「文体」に対する定義が、きちんとなされていないこと、というのがあとあとまで響いてきます。

しかし、この作業は予想以上に時間と手間とがかかった。これでは効率が悪すぎるし、またあまり楽しい作業でもない。私は、より効率的に、より楽しく、文章を学ぶ方法があるのではないかと考えた。

「自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。」と書いてあるにも関わらず、この部分は「私の学んだ方法の欠点は○○です。○○を克服する別の方法はあると考える」とだけ書いてあるので、この部分は、出題に対してトートロジー。この論理の流れで書くとしたら、せめて「私の学んだ方法の欠点は○○です。△△するのが、つまらなく時間がかかるので、△△の部分を変えれば、○○を克服する別の方法はあると考える。」レベルまでは書いた方が無難。また「はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか」と書いてあるだけなので、「他にも、□□という方法が××だから有効である」と書く方法もある。「考察する」のだから、せめて「理由」を示す部分はほしい。

問2:身体知の学びを支援する新たな方法の提案

問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。必ずしも科学技術にとらわれる必要はありません。あなた自身の自由な発想によるこれまでにないまったく新しい方法を提案してください。(400字)
この問題文にある通り、この答案は全くだめ。ゼロ点にしてもいいぐらい。問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。という問題なのに、
この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。
と書いてあると、さすがに「問題文」を無視した、と取られてもしかたがない。

同じ書くにしても、

1つのストーリーをいくつもの文体で書いていく手法は、レーモン・クノーの『文体練習』にも見られるし、既存の物語を語り直す手法は、太宰治の『お伽草紙』にも見られる。 このように、文筆家や私小説が作品の一部として、「文体の書き直し」を行うことはある。私はこれを「文章を書く技術」習得に主眼を置いて提案したい。

ぐらいの論理の流れにはしたほうがいいと思う。

なお、

 この2つの例のように、特に珍しい手法ではない。しかしながら、この手法を用いれば、文章を丸暗記する必要はなく、手間暇もかからず、それでいて丸暗記以上の効果をあげる。また誰にでも実行可能であり、何よりも、楽しみながら文体の練習をすることができる。このような方法を私は提案する。

部分についてはピンぼけ。「実行可能性」と「実効可能性」を意識した部分だと思いますが。「文体とは何か」を明確に定義していない以上、文章の読み手は「文体の書き直し」が「丸暗記方式」の欠点を克服したかどうかは分からないから。

問3:未来創造塾において、身体知の学びを支援する新規科目の提案

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、近い将来新たに建設する未来創造塾において滞在型教育に挑戦します。慶應義塾大学の原点である適塾のように、教員をふくめた仲間と寝食をともにし、問題発見解決型学習を目指します。
 あなたは入学後、この未来創造塾において、あなたが独自に提案する科目設置を認められました。あなた自身が伸ばしたいと考える自らの身体知を最大限引き出し、伸ばしていくための新規科目を提案してください。問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びを具現化する手段として、ここで提案する科目は、あなただけでなく、多くの学生に貢献しうるものであってほしいと願っています。
 設置する科目名、その科目で履修する内容、その科目を履修することによって伸ばせるとあなたが期待する身体知は何か、想定する学生数、評価方法、そして学生、教員の学び方と教え方がどのようにあるべきかについて述べてください。未来創造塾に必要とされる設備・環境などを挙げても構いません。(600文字)
という問題。

これに対して、答案が

問3:
 私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。
 この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。
 想定する学生数は、ゼミ形式のため、20人程度とする。
 評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。
 学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

という感じ。

私が提案する科目は、〈文章と技術〉である。
 この科目では、主に文体獲得の観点から、受講生の文章術の向上を支援するものである。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。

前半で「設置する科目名」については触れられているので問題ないけど...。「文体」はどこに行ったの?ここはタイトルなんだから、「文体」について書くべきでは?ついでにいうと、うしろの「したがって、」は「つまり」もしくは「(なし)」でいいのでは?こんな感じで。具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評するゼミ形式の科目となる。でよくない?(笑)

この辺から、超あやしい。

この科目を履修することで、〈文章を書く技術〉という身体知が向上する。具体的には、頭の中に〈文体ストック〉の作ることができる。〈文体ストック〉とは、一種の文体格納庫のようなものである。受講生は、生活のあらゆるシーンで〈文体ストック〉の恩恵を受けるだろう。たとえば報告書のような文章なら、固めの文体を引き出す。エッセイのような文章なら、比較的柔らかめの文体を引き出す。訓練をすれば、体裁に合った文体をより素早く引き出すことができる。文章がぐっと書きやすくなるし、受講生の表現の幅が広がる。文章を書くことが楽しくなるだろう。

端的にいうと、「良い文章を書くためには、まず自分の文体を確立しなければならない。」と矛盾が生じている、あるいは、この文章と引用箇所が離れ過ぎていて、ワンステップなしには理解できません。「文体ストック」を作ることと「自分の文体確立」の関係性は曖昧です。

それに、「具体的には、毎回1つのストーリーを設定し、受講生各自が好きな文体を用いて書き直す。それを受講生同士が読み合い、批評する。したがって、ゼミ形式の科目となる。 」というやりかたは「自分の文体確立」にはいい影響がありそうだけれども、「<文体ストック>」のように「幅広い文体を身につける」という効用性もいい影響はありそう。

で?結局、あなたの目的はどっちなの?

コレって結局、「身体知獲得」という解決策の「目的」を定めていないから、曖昧になってしまっているんだと思います。

評価方法は、いかに斬新な文体を採用し、元のストーリーを面白く書き直したかで評価する。また、受講生の批評も加味する。

この部分もイマイチ。「斬新な文体」や「面白く書き直す」ことで、「自分の文体確立」や「文体ストックが増えること」は確認できません。

別に、斬新な文体ではなくても、「自分の文体確立」をしている人はたくさんいます。また「新しさ」や「面白さ」という別の「価値観」を導入しているので、読み手は混乱するだけです。「新しさや面白さ」「自分の文体確立」「文体ストック」いったいあなたはどれが一番大事だと思ってるの?><。

学生、教員の学び方と教え方は、双方向的なものであるべきである。すなわち、教員と学生と一緒に授業に参加する。教員の文章の技術も向上するし、学生とのより親密な授業が期待できる。つまり、双方にとってメリットがある。
 このような科目を私は提案する。

双方向的であることのメリットがよくわかりません。先生の役割は?体育のときに、ペアを見つけられなかったぼっちの男の子の相手をするのと同じ役割?もう少し深堀したほうがいいかもね。

こういう答案をみたら、こう思います。「あ、この人、問題設定・解決」が出来ない人なのね、と。

というわけで、このへんで。

「英文解釈」と「英語を英語として読む」ことの狭間で(副題:音読妄信派を信じるな!!)

基礎英文問題精講のような英文解釈系の問題集を済ませても、英語長文がなかなか解けない、という話を読んで(ちなみに、私のいう「基礎英文問題精講を済ませる」というのは「例題1〜40を10回ノートに和訳する」を意味します。)、橋渡しになるようなエントリーを書こうと思っていたのが理由のひとつ。もう一つは、昨日もTwitterで見た「○○を音読すれば偏差値△△」という言葉にイラっとしたので。リンガメタリカの音読を推奨している某個別指導を信じてうまくいっていない人もいるので、合わせてそのへんも書こうと思います。

「英文解釈」から「英語を英語として読む」へ

資料が少ないので、私自身が完全に流れを理解しているわけではないのですが、「漢文にレ点を打って返り読む」という漢文訓読のような方法で英語をマスターしよう(例えば、関係代名詞「which」を「〜するところのもの」と訳すところに名残があったり。)として失敗したあとに「日本人向けの英語マスター法」として出てきたのが「英文解釈」です。だから、日本人が英語をマスターするために、英文解釈という言葉でくくられた範囲を学習するのは、ひとつ最初の一歩です。私自身基礎英文問題精講の例題1〜40ぐらいは最低限やろうよ、とオススメしています。

一通り、英文法を終わらせた後に、この手の参考書を繰り返すことは非常に有効です。(基本的に「基礎英文問題精講」をやりこめば、現在の英語長文に必要な英文解釈は全て網羅しています。)

ところが、英文解釈だけでは、英語を英語として読む時にうまく行かない人たちが出てきます。そこで「日本人が英語をマスターする」→「英語を英語として読む」に発想を転換する必要があるわけです。そして、もちろんこういった領域をカバーしている参考書は存在します。

私がよく紹介するのは、次の3冊のうちのどれか、です。

人気の参考書なので、オススメされた方も多いはずです。これらは「英語を英語として読むための英文法」について書かれています。

英語を英語として読むための英文法ってどういうこと?

「英文解釈」と「英語を英語として読むための英文法」の違いを説明するには、具体例をあげるのが一番です。

前置詞+名詞について

ちなみに、私のここの解説だけで、たぶん英語を読む速度が格段にあがる人はいます。

先にいろは流説明を書いておきますね。

1:英文中で「前置詞」っぽい言葉が出てきたら、その後ろにある「名詞」を探して、意味の切れる部分までで、ひとかたまりとみなしてくださいね。
2:そして、そのひとかたまりは、周囲の語(名詞、形容詞、副詞 もちろん句、節を含む)あるいは文章全体を修飾する働き、あるいは補語になるので、どういう働きかを意識してみてくださいね。
3:もちろん「前置詞」っぽい言葉が前置詞じゃないこともあるから注意してね。as とか、特にね。
4:英文を読みながら、こういう部分をくくりだせるように慣れていってね。
5:こういう頭の働きはネイティブがやっているのに似た頭の働きだからね。

こんな感じですね。つまり、文章の中で「前置詞+名詞」という組み合わせを自然にひとかたまりとみなして、文書を読みながら自動的に処理できるようになったら、「英語を英語として読んでいる人」の頭の働きに似ていることができるようになるよ、ということです。

さて、これを書く参考書がどう書いているか、というと、
前置詞は後ろに名詞をともなって、修飾部をつくります。修飾部は文の骨格にはなりませんから、どこからどこまでが修飾部かを確認した上で、()でくくりだしてしまいましょう。
ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式 p4
ルール1:前置詞のついた名詞は文の主語になることができない
ビジュアル英文解釈 (Part1) (駿台レクチャーシリーズ)
前置詞は名詞と結合して、前置詞+名詞の全体で形容詞または副詞の働きをします。
基本からわかる英語リーディング教本 p10
という感じです。そして、私の解説とこれらの文章は(ほぼ)同じことを指しています。(実際には、各参考書ともに例文などがあるので、その解説もありますよ。)

これを理解するために、いったん日本語の世界に戻りましょう。

彼は誰も見えないところで私の浴衣を

さて、文章がここで切れていたとします。もし、あなたが日本人で日本語を普通につかえる人であれば、気持ち悪く感じるはずです。この後ろには「整えてくれた」「直してくれた」「きれいにしてくれた」などの動詞が入ってくるはず(ええ、「脱がせた。」かもしれないですよ。エロ男子ども。)なのに、そういった語が入っていないからです。この場合は、「目的語があるのに、動詞がないことから生じる気持ち悪さ」です。

もし、これがこうならさらに気持ち悪いはずです。

彼は誰も見えないところで私の浴衣

これを読んだら『「浴衣」がどうしたの?気持ち悪い。さっさと続きを書いてよ』と思うはずです。上の文章よりさらに気持ち悪く感じる人も多いでしょう。上の文章では「を」という助詞が入っていることで、「浴衣」という名詞が目的語の働きをしていることが明確であるのに対し(だから、後ろに「整えてくれた」などの「動詞」が来ることを推測できます)、上の文章では目的語であるかどうかすらわからないため、その先が理解できないのです。だから「より気持ち悪い」んです。

日本語では、こういった文法に基づく予測行為を我々は日常生活でやっています。ところが「英語」でこれをするのは大変難しいのです。普段使っていない言葉ですから。だからこそ「文法」という次元にまでレベルをあげて考えるのです。英文を読んでいく際に、

In

(前置詞っぽいな。うしろに名詞がくるまで読み進めよう。)

In the

(冠詞がきた。まだ先によみすすめなきゃ)

In the long

(longも普通は形容詞っぽいよね。逆に「動詞」では絶対になさそうだよね。)

In the long run,

(ようやく名詞がきた。これは「長い目でみれば」という意味だから、後ろの動詞を修飾しそうだよね。)というような感じで頭を働かせるのです。そして、これが英語の話者が自動化していることの中身です。もちろん習熟度合によっては、

In

(前置詞!)

In the

(名詞ちゃうやん。)

In the long

(名詞ちゃうやん。)

In the long run,

(名詞!ここまでで「ひとかたまり」)、となるでしょう。そのへんは人によっていろいろ。

これを、ポレポレの例題1の前半でやってみると、

Frank

(人?形容詞?)

Frank talks

(これは動詞?名詞?「フランクさんが話したの?」「率直な対話?」)

Frank talks between

(前置詞がきた。)

Frank talks between adolescent

(「若者」という名詞がきた。ここまでで終わりかな。)

Frank talks between adolescent and

(でも、「and」で接続しているから続きもまだ来るよね。)

Frank talks between adolescent and his

(所有格のhis だから、やっぱり後ろには名詞がくるのが確実だね。)

Frank talks between adolescent and his parents

(ほら来た。ここまでで「若者とその両親の間」という言葉が近くの名詞や動詞にかかるはずだよね。前の部分は「talks」が名詞なら「若者とその両親の間の率直な対話」というので意味が通りそう)

Frank talks between adolescent and his parents often

(これは「しばしば」という副詞だから「動詞」にかかるよね。)

Frank talks between adolescent and his parents often reveal

(ここでrevealという動詞が来た。ということは「フランクが話した」という解釈は確実に間違いだね。接続詞や関係代名詞なしに、動詞と動詞が重なることはないから。ということは、「フランクは若者とその両親の間で話すしばしば明らかにした」というのが間違いで「若者とその両親の間の率直な対話はしばしば明らかにする」が正解だね)

こんな感じです。ネイティブであっても(いや、ネイティブであるがゆえに)、revealあたりまでこないと「フランクは」か「率直な対話は」かは判断できないんです。こういったネイティブの頭の働かせ方に近いように「英文法」を配置しているのが、上で紹介した3冊です。

だから、上の3冊をやる場合は、できるだけ、解説に沿って読んで行く必要があります。せっかく、その目的で書いてあるのですから。そうやって、ネイティブの英文の読み方にできるだけ自分の思考を近づけて行くのです。そして、様々な英文で「前置詞+名詞」をセットで考えられないと気持ち悪いと感じられるようになれば、それはネイティブと同じやりかたをしていることになるのです。これは「前置詞+名詞」という組み合わせだけを覚えることとは本質的に違います。

自動化習得のための音読

こうした参考書ですから、意味の切れ目や、役割を頭の中で考えながら、英文を音読することには大変意味があります。上の文章の()内に似たようなことを考えながら音読していくのです。

音読のメリットは、視読と違い、意識的に戻るのでなければ「文章のはじめの語から読んでいく」という手続きを踏まざるを得ないことにあります。だから「Frank」まで読んだときの「あれ?フランクさん?率直な?」という「疑問」から、「reveal」まで到達したときの文章の意味の同定までのプロセスを律儀に体験できるのが音読の得点です。視読の場合は、無意識に前に戻って読むこともできてしまうので。

これを繰り返すことで、次第に「英語を英語として読むための英文法」が頭の中で自動化されてきます。そうなれば、「前置詞」があった場合に「名詞を探してひとかたまりと考える」「そして、そのひとかたまりが周囲の何を修飾するかを考える」という作業も自動化されるので、英文が格段に読みやすくなるのです。

単に「音読」にマジック的な力があって、偏差値70になるのではないのです。「音読」という方法に適した学習内容があるだけなのです。(それ以外にも音読には長所がありますが、ここでは触れません。学校教育の範囲内でも音読の効果に関する書籍や論文はたくさん出ているので読んでみて下さい。ただし、いずれも「音読するだけで、偏差値70になったり、○○大学に合格する」というものではありません。)

おまけ:3冊の比較

上で挙げた3冊ですが、「ポレポレはクソっ!英語リーディング教本をやったら一気に英文が読めるようになった」「英語リーディング教本は返り読みなので、自然な英文の読み方じゃない。ポレポレは徹底的に前から読む本だ」「ビジュアルは読みづらいから、ポレポレがいい」などという意見がありますので、独断と偏見で向く人を書いてみます。


・長文を一文一文解釈したい人向け。
・単語は簡単
・伊藤先生(I先生)の解説がはなにつかない人向け。(生徒と先生の対話形式で書いているところがあり、大事なことが書いてあるわりに、雑談が多く、自慢度も高くて、読みづらい)


・重要なところの骨組みしか書いていない。
・間違いやすい部分の骨組み読解の練習が重点にできる。
・単語は多少難しいものもある。
・解説は平易で読みやすい。


・とにかく独特。用語とか文法をきっちり読みたい人向け。
・文章の単語を全て文法で関係付けたい人向け。骨組を読み取りたい人には向いていない。
・記号で分類するのが好きな人に向いている。
・長文ではなくあくまで短文(一文)の解説。

それでは、夏休み、勉強がんばってくださいね。

ゆみ様からのご質問:今から「現代文」を学習するべきか。

高校3年生、慶應環境情報志望です。
ブログいつも拝見さしていただいてます!
質問よろしいでしょうか?

小論文対策として、6月ごろから
このサイトをちょこちょこ見てました。
小論文を学ぶ、という本を軽く読み終わり
現在それ以外の対策はなにもしてないです…
理系なので数学受験のつもりで、
現代文ができないです。
そのため、現代文の偏差値はほんと50ぴったりぐらいだと思います…今から現代文の対策の参考書などをするべきですか?このサイトのどこかの記事に、まずは現代文センター8割取れるようにする、と書いていたような気がするのですが気のせいでしたらすいません、
出口さんの参考書等で現代文ができてから小論文にうつるべきなのでしょうか。
現在夏休みで小論文にも時間をかけれます。
実際書いたりしてみたほうがいいですよね、まだ読んだりしてるだけなので…
よろしくお願いします当ブログコメント欄より
ご質問を3つにわけてお答えしますね。

1:SFC小論文のために、現代文の参考書(勉強)を学習すべきか?
2:現代文の参考書ができてから、SFC小論文にうつるべきか?
3:今から(夏休みから)、小論文を書いてみた方がよいですか?

1:SFC小論文のために、現代文の参考書(勉強)を学習すべきか?

現代文の学習はSFC小論文にとって必須ではありません。けれども、独学で対策する場合には、いったん現代文の学習をした方が効率がいいです。

夏休みで時間があるのならば、1日1問を目標に学習してみてはいかがでしょうか?(ちなみに、数学が得意な方のうち、8割ぐらいは現代文も得意になりますよ。漢字や文学史を覚えたくない人が多いので現代文全体で満点を目指すのは厳しいものの、読解部分は満点とれるようになる人も多いです。)

SFC小論文は、SFCで学習するための適性を小論文という形態で確認する試験です。そして「小論文」とは「論理という筋道に基づいて書かれた短い文章」のことです。高校課程で文章にまつわる論理について学ぶのは「現代文」です。だから、現代文を学習した方が効率がいいのです。文章にまつわる論理の基礎は、しょうろんの中でも「現代文入門」「論理の基本」にまとめてます。よろしければ読んでみてください。文章にまつわる論理は、高校の現代文の先生も得意(かもしれない)なので、高校の先生にも聞いてみて下さいね。

なお、2番目の質問のお答えにも関係しますが、小論文を『書く』ためには、現代文ほどの難しい論理は必要ありません。SFC小論文では、比較的難しめの資料も読まされるため、「論理的に読む訓練を現代文レベルの難しい文章で行うこと」には意味があります。一方で、小論文を『書く』ためには、難しい論理は必要ありませんので、『書く』に関しては現代文を学習せずにできてしまいます。

2:現代文の参考書ができてから、SFC小論文にうつるべきか?

基本的にノー。同時に進めてしまって、あるいは、先に進めてしまって構いません。
思い込みの強い方には、先に現代文の学習を終わらせることを勧めることはあります。

小論文を書くための基本は以下の5つです。以下の5個のルールを守れていれば十分です。

1:イイタイコトは先に書く。
2:主語と述語を明確にする。
3:文章は短く書く。
4:接続関係を明確にする(≒接続詞を明確に書く。)
5:設問で問われていることを書く。

しっかりとこの5つが守れていれば、読みやすい文章になっています。言い換えると、この5つを守れれば「書くための論理」の大半を学習したことになりますので、書くという点に関する現代文の学習はスキップできます。

なお、思い込みが強い方は文章中の単語に反応してしまって、文章を筆者の意図通りに読めなさすぎる人がいます。「私は「9条改正に賛成である」という意見が書かかれた新聞記事を読んだ」という文章を読んで、「筆者は9条改正に賛成だ」と読み取ってしまうタイプの人です。こういう人には、おとなしく現代文の学習をして、文章に書いてある内容をそのまま読み取る練習を先にしてしまいます。

3:今から(夏休みから)、小論文を書いてみた方がよいですか?

絶対にイエス。

打ちのめされるにしても、意外といけそうと思うにしても、書いてみた方がいいです。

小論文を解く力は「書いて見直すこと」で伸ばすことができます。だから、さっさと書いてみましょう。はじめのうちは、2時間という制限時間を超えてもかまわないので書いてみましょう。学校の先生に採点をお願いするのもいいですし、上であげた5項目を守れているかを確認するのでもいいです。とにかく、書いてみてください。(ブログのコメント欄にご投稿いただければ、私の時間が許す範囲でコメントしますよ〜♪)

それでは、勉強がんばってくださいね。