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SFC小論文の採点って、主観的にならざるを得ないの?不公平じゃないの?教授の趣味で決めてるんじゃないの?

SFC小論文の採点って、主観的にならざるを得ないの?不公平じゃないの?教授の趣味で決めてるんじゃないの?

・SFC小論文の採点って、主観的にならざるを得ないの?
・不公平じゃないの?
・教授の趣味で決めてるんじゃないの?

結局、SFC小論文の採点基準ってよくわからないよね。それは確かです。それ、わかったとしたら、そもそも内部の人か、泥棒か何かの犯罪者でしかないですよね。もちろん、私にもわかりません。ただし、多くの人が見落としていて、また予備校や高校の先生では、ほとんど理解し得ない「ある程度客観的な採点基準」も存在しうるので、SFCってそういう採点基準を採用しているんじゃないかな、と私は思っています。

「あの人は優しいから好き」っていうけれども、その「優しさ」をどうやって判断してるの?

ガールズトークしてたら、みんな下世話な話を期待しているのに、純粋な子が「あの人のこと、優しいから好き」って言ってたりしますよね。

その「優しさ」って、どうやって判断してますか?その男の子が「俺って優しい男だから」とか言ってますか?顔に、「優しいよ、俺」シールでも貼ってます?違いますよね?でも、多くの場合、ある人のことを、「優しい」と判断することができるし、その「優しい人だ」という判断は多くの人の間で一致したりします。そういう意味で、その「優しさ」ってのは、けっこー客観的(むずかしく言えば、間主観的)に、判断されてたりするんですよね。

昭和の古い漫画とかだと、やんちゃな不良が突然やさしさを見せるシーンに、女の子が「キュン」ときて、そのまま恋に落ちちゃったりもします。その「優しさ」って、たいていは動物を助けた、とか、お年寄りをかばった、とか、自分が危険なところを助けてくれた、とか、そういう「決まり切った行動」がありますよね。

そうです。私たちは「やさしい」かどうかを、外部から判断できる客観的な行動によって判断することができるんです。

環境情報学部 2013年度「身体知」 資料8からわかること

質問紙法 質問紙法は、知識や能力を客観的に測定するための重要な方法である。質問紙法には、実践知を支える知能や性格を測る標準化された心理テストや、実践知に関わる知識、態度や行動を測るために構成された質問紙がある。回答方式には、筆答式の多肢選択式のものや記述式のものがある。中でも、仕事の場における典型的なケースをあげて問題解決を求める質問紙法は、行動観察法に比べて、小さな時間的コストで、多くの人数のデータを収集でき、結果を計量的に検討できる利点がある。
環境情報学部 2013年度「身体知」資料8から引用。なお、下線による強調は当ブログで追加。
ここからわかることをまとめると、

・知識や能力を客観的に測定する重要な方法が質問紙法
・実践知に関わる知識、態度や行動を測ることもできる
・「仕事の場における典型的なケースをあげて問題解決を求める質問紙法」がある
・しかも、この質問紙法は、「小さな時間的コストで、多くの人数のデータを収集でき、結果を計量的に検討できる利点」がある。

といった感じです。

 さて、2017年度の総合政策学部の問題は、1つのグラフといくつかの資料文から、糖尿病死亡率と平均年収の関係性を検討させる問題でしたし、2017年度の環境情報学部の問題は、4つの研究会を組み合わせて自分のやりたい分野を進めていく問題でした。これって、「仕事学習or大学の場における典型的なケースをあげて問題解決を求める質問」だと思いませんか?実際に、SFCの問題は問題文を検討してみると「質問紙法」と非常にあてはまりがよいのです。

例えばね、リーダーシップ力だって、客観的に計れちゃいますよ

<環境情報学部>
ひとつの学問分野にとらわれることなく幅広い視野を持ち、地球的規模で問題発見・解決できる創造者でありリーダーを目指そうとする学生を歓迎します。環境情報学部の理念や研究内容をよく理解した上で、「SFCでこんなことをやってみたい」という問題意識を持って入学してくれることを願っています。SFCの教育環境や先端プロジェクトなどあらゆるリソースを積極的に活用し、「自らの手で未来を拓く力を磨いてほしい」と期待しています。
慶應義塾大学>環境情報学部アドミッションポリシー
このアドミッションポリシーから明確にわかるように、SFCは「リーダーを目指そうとする学生」を合格させようとしています。このリーダーを目指そうとする学生であることを「客観的」にどう計れると思いますか?
Ⅲ.最後に、設問2であなた自身が重要だとした「問題」の未来を考えてみましょう。

いま2045年の未来社会にいることを想像してください。(中略) そして、別の新しい問題が立ちはだかったとしても、仲間と一緒に知恵を出し合えば、必ず解決できるという自信に満ち溢れて過ごしています。(中略)約30年のあいだにどのような方法で社会に展開し、その過程でどのような出来事が起こり、ぶつかった壁をどのように乗り越えて来たのか等を、具体的にふりかえりながら整理し、…
2015年度 環境情報学部・小論文 設問より
さて、この設問は、「仕事の場における典型的なケースをあげて問題解決を求める質問紙法」にかなり近いですよね。2045年という特定の時間軸を想定しているものの、中で問われているのは、「問題を解決するワンシーン」ですので、「仕事の場における典型的なケース」と言っていいでしょう。

(ごめんなさい。ここ、お金をいただいて教えている部分でもあるので、かなり曖昧に割愛して書きます。)この場合、解決するテーマは実際のところ何であってもいいんです。「テーマがどうこうだから」というのは、客観的に判断しづらいですよね。「このアイディアは新しいかどうか」といったって、採点する教授の知識量に依存してしまいます。そこで、「その過程でどのような出来事が起こり、ぶつかった壁をどのように乗り越えて来たのか」という部分の解答に「仲間について書かれているかどうか」だけを採点ポイントにしたと仮定します。(実際には、もうちょっと工夫しないと納得しづらいのですが、ブログではわかりやすくするためにここだけに絞ります。)

リーダーを目指そうとする学生は、当然物事を解決する際に「1人」で臨もうとはせず、周囲の力を借りるはずです。つまり、答案の中に「仲間と一緒に知恵を出し合う内容」がきちんと書かれていれば、その人は、答案の中で「1人で問題解決をする内容」を書いた人よりも、「リーダーを目指そうとする学生である態度」を有することになります。これはほぼ「客観的」に測定することが可能です。
 内容に関する解釈により、多少判断は変わり得ますが、複数で採点すれば仮に「あり」「なし」だけの採点だったとしても、

0点:「なし」「なし」
1点:「あり」「なし」または「なし」「あり」
2点:「あり」「あり」

3パターンとなり、点差をうまくつけることができます。(SFC小論文の採点は複数でなされている、というのはSFCもオープンキャンパスなどで公言しているので事実です。)

もちろん、ノイズはありえます。「リーダーを目指そうとする学生」が設問を読み損ねてうまく答案を書けなかったり、逆にたまたまそういうアイディアが思いついちゃった「リーダーを目指そうとしない学生」がうまく答案を書ける可能性もあります。(ただし、これは英語や数学における計算ミスやマークミス、逆に自信がないけどマークしたら正解だったと同じ次元の話です。)しかし、

リーダーを目指そうとする学生は、物事を解決する際に「1人」で臨もうとはせず、周囲の力を借りる内容を書く可能性が相当割合で高い

ということが「(統計的)事実」でさえありすれば、この採点方法はかなり客観的でそれなりに正確に受験生の能力・態度・行動・適性を見抜くことが可能です。また受験生が書くテーマに依存せず、採点者であれば容易に判断可能ですし、かなりの割合で主観的な採点にもなりえません。

答案に対して「求める適性」と「客観的に観察可能な文章化された事実」の対応リストが複数あれば(例えば「リーダー」「問題発見」「問題解決」「論理性」などの項目にあてはまる「文章化された事実」)、その分だけ「SFCの求める人材像」に近い受験生を客観的に選抜することが可能です。

質問紙法は人生を決める場面でも多用されている

こうした質問紙法は、机上の空論ではなく、企業が自社社員の能力や適性を客観的に判断するための方法として、相当長い間使われています。もちろん、採用活動における履歴書がそれにあてはまるときもありますし、昇進試験などで用いられる場合もあります。面談者や上司の判断だけでは、客観性に欠けるから、ですね。

こういった方法を、SFCは小論文の場に活用するはずです。だって、自分たちの小論文の資料文に用いるぐらいよく知っているのですから。小論文の内容をほとんど読まず実質1科目入試にしたり、単に漢字があっていたり、文章の起承転結(序論本論結論)をうまく書けるかどうか、ということだけを確認したり、教授の主観によって決まるような採点をするよりは、「質問紙法」を活用した方が良い結果になるとわかっているのですから。

結論:SFC小論文は、ある程度客観的に採点可能です。

実際に、企業で使用されている「質問紙法」の採点はもう少し複雑なので、ブログにのせきれないので、「仲間に関する事実が書いてあるかないか」という事実のみに着目しましたが、(まぐれあたりや、不運なハズレはあるにせよ、)「こうした客観性の高い項目を複数設定すれば、客観的・合理的・公平にSFCが求める受験生を合格させることは可能だ」ということが伝われば…と思います。

最後に、冒頭の質問にお答えしておきますね。

・SFC小論文の採点って、主観的にならざるを得ないの?→客観的に観察可能な「文章化された事実」に着目すればいいのです。
・不公平じゃないの?→少なくとも、採点した教授により大きく結果が変わる、ということは防げるという点で公平
・教授の趣味で決めてるんじゃないの?→趣味によらないもっといい方法があることを、SFC小論文の資料文に用いるぐらいにSFCの先生はよく知っています。その状況下で、なんで教授の趣味で決める必要があるの?

それでは!
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